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諏訪湖大花火大会の爆音と大雷雨      (第41話)

    今回のコーナーはお盆休みを兼ね、長野に出かけ、

諏訪湖祭湖上花火大会に、出かける計画を立てていた所、

過去中止ということのなかった65年間において、

  初のゲリラ豪雨の前になすすべもなかったという結末でありました

花火大会のコーナーを覗かれる方は

第二章までワープして、ご覧下さいませ。

新聞やテレビでは、報道されない体験談を人間模様も、交え、まとめました。


大変な長編となりましたが、私の貴重な経験を、垣間見て頂ければ、幸いです。


  第一章 国宝松本城天守閣 
  第二章 諏訪湖畔へ
  第三章 湖畔から上諏訪駅までの脱出
  第四章 JR不通の上諏訪駅構内
  第五章 駅構内での笑いと涙の五時間 涙編 
  第六章 駅構内での笑いと涙の五時間 笑い編 
  第七章 ようやく構内に電車が
  第八章 懐かしきかな岡谷駅
  第九章 諏訪湖祭湖上花火大会ありがとう
  

第一章  国宝松本城天守閣

今年の夏は、長野の父(妻の実父)の初盆ということで、

当家全員が、可児に集合、そして、8月14日に車で出発。

 涼しいはずの長野県の駒ヶ根やはり、猛暑。

  日本列島猛暑!猛暑!って感じでありました。

途中、国宝松本城 の天守閣に登ろうといって、入城。

  この暑いのに、すごい 人!人!人!

  天守閣に登るのに50分くらい並んだのです。

  3歳半の孫も一緒に 、45度以上もあろう急な 階段を 昇り 降り。

   日本人って、本当に、辛抱強く、

    規律を守る事の出来る人種だな~~って感じ。

    15日朝、初盆の法事に参列。 
 

いつもは、お盆を過ぎる頃からは、心地よい風に、ほっとする感じでありましたが



  ” 長野市も、暑かったけど、この荒安も暑いね~~




第二章 諏訪湖畔へ 

  大人5人

  三歳半の女の子、

  小六、小4の女の子、そして、小三の男の子

 合計九人で 
全国でも人気度上位の長野県諏訪湖祭湖上花火大会会場へ・・・ 


  諏訪周辺の大渋滞を避けるため、
 
  宿泊先のゴルフ場諏訪レイクヒルカントリークラブには、花火を見た後行くことにして、

まず、岡谷駅から電車に乗って、上諏訪駅までという手順。

三時前なのに、すごい人手出。

地元の知人のご好意で、カンケツセンセンターのそばに、


  無料席を確保していただいていたので、

       まず、席の確認、 

  みんなで、これは特等席だね~~ と・・・

花火前



湖の水際の目の前で
えさをついばむ鴨を見ていたところ

岡谷方面に、雷雲らしき雲の流れが、大きくなってきたのであります。 

このときは、15時50分頃かと・・・ 

 あれ!! ポツポツふって来たか?!

と共に、雨の匂い!

 そして、ナマ温かい風!!

これは!イカン!!

席取り用のブルーシートが風に飛ばされないように、しっかり固定し、

三歳半の女の子や、子供達ををみんなで守りながら、

  とにかく避難 この時も、結構、私たちの行動は早かったかと記憶している。

 避難場所がなく、傘も持っていないので、

とりあえず、カンケツセンセンターの玄関に逃げ込んだのです。

この間、雷は、断続的になり、雨足は横風と共に、ひどい状態。

私たち9人が避難したと同時に大雷雨と共に、嵐のような横降りの大雨が・・・・

全員が一時将棋倒しになるくらいの悲鳴と共に大混乱!!

私自身、どこかの花火会場での将棋倒し大事件のことが頭にちらつくほどの、

パニックになりました。

お陰様で、小さい子達は、周りの、親切な方たちに助けられ比較的安全な所で、

楽しそうに、話していましたので、安心。

 私たち大人は、頭のてっぺんから、足先まで。ずぶぬれの行水状態!!

  孫たちに、笑われるくらいのひどい格好になったみたい。

そのうち止むからね!!

通り雨だからね!  


 となかなか止みそうもナイ雨と空を見て、寒さに震えながら

雨の上がるのを待って、花火を見たいという思いは、

みんなが持ち続けていたのです。

一時間半くらいは、待ったでしょうか?

湖上の空に、薄明かりがさし始め、

さあ!止んだよ~~

みんな同じ思いの中で、さあ!これから花火だ~~

歩き出した、花火客、

結構、浴衣の若いカップルがいましたが、

もうほとんどの人が、ずぶぬれ状態、

せっかくの綺麗なスタイルも、・・・・


明るい笑い声の中、自分達の、席に戻って、

や~~雨風で、シートが飛んでないか心配だったけど、

    よかったね~

それぞれが、食事や宴会をし始め

子供達も、前もって、貰っていたお小遣いで、イロイロ買ってきては、
 

本当に、楽しそうに

私たちにもおすそ分けをしてくれて、花火が始まるのを待っていました。

このときは、午後6時40分頃かと・・・


 ところが、とても、私の常識的な記憶の中では、想像もつかないことが起こりはじめたのであります


今でも忘れられません!!

岡谷方面の、山にかかった雲の流れ!!

白っぽい感じの雲の流れ

そして、ナマ温かい感じの風


   そして、異様な感じの匂い

   
 私は、感じたのであります。

小さい子、特に三歳半の子がいることは私の頭の中には、ず~とあったのです。


周りの人たちは、まだ、腰を上げるような感じではありませんでした。


二回も大きな雷雨が来ることってあるの!!

   ちょっと!!

もう今、引き上げないと大変になる!!

急いで!ブルーシートをかぶるから持って!!

といって引き上げを・・・ 決意!!

孫や子供達は、

ええっ??!!帰るの???

いま!ここを出ないと、大混乱になるよ!!

みんなに告げて、未だ雨は来ていなかった段階で、周りの人に

” もう帰りますので、よかったら、ここ使ってください!!”

  湖畔べりの石ころや凸凹を乗り越え


孫たちを守るようにして湖畔の周回道路に、人の隙間を縫うように、

     
ようやくの思いで脱出しました。



第三章 
湖畔から上諏訪駅への脱出


ここまで来る頃には、もう雷もなり始め、雨も降り始めました。

でも、未だ周りは、帰ろうとするというより避難しようとする人の方が多いって感じ。

満足な雨具の用意はなく、傘をさしていても意味の
ない !激しい
雷鳴 

1.7メーター角のブルーシートに、9人が、まるで獅子舞のように、

          子供達を、中にいれ、

頭からずぶぬれになり、とにかく、人ごみを避け、


” 先へ行け~~ ” 
 
ちょうど本部席当たりに、さしかかった時、

 
どッドーン

バリバリバリ!

花火が始まったのであります。

     丁度、午後の7時でありました。

花火の爆音、

激しい雷鳴、そして稲光と共に、炸裂する、巨大な花火

容赦なくたたきつける、冷たく痛い感じの豪雨

この大変な状態のときにシートのなかから二男の次女が

撮影したビデオ。

このブログでは配信できなく残念ですが、

          その一こまを、ご覧下さい。

諏訪花火




ばしゃ!ばしゃ!ばしゃ !

花火の炸裂音と共に、

   シートに容赦なく叩きつける感じのすごい雨、

内臓が震える 感じのすごい音の競演でありました。 

もう、私達全員が固まってしまい


  しばらくこの不思議な競演に、見とれていました。

3歳半の子も含め、孫たちは、泣きもせず

逆に、花火と雷に負けないくらい

      大きな声を張り上げていた感じ。 
 
さあ!ここで止って見物するわけには、いかん!!


みんなが後ろ髪惹かれる思いで何度も何ども

     花火が雷雨の中大きく

   打ち上げられているのを見ながら

もう少しだ!もうすこしだ!

と私が先頭、皆を引っ張って上諏訪駅 にむかいました。

このあたりでも、未だ帰る方向への人は少なく、

会場に向かうか
立ち止まって見物 ているか


建物の庇の下に避難している人がほとんど。


なので、なかなか前に進めないって感じ。

一人なら・・・・ですが9人の塊では・・・・ってところでありました。

もぅ全身ずぶぬれ

駅まで,100メーターくらいの所まできたところで


雷雨は、一層激しくなり、

途中で雨宿りをとも思うくらいでしたが、


頑張れ!頑張れ!もう少しだ~~!!

この間、まだ駅から花火会場へと向かう人たちがいて、

  駅周辺は、大混乱。  
 
昭和24年から始まった花火大会

過去一度も中止 なんてことはなかったのであるから、

大勢のお客さんも未だ会場に向かう人の方多いって
感じでありました。

道路も車で大渋滞。

異様な雰囲気の中、私たちは、無事駅改札口 までたどりつきました。

雨で紙切れ同然となったくしゃくしゃの切符を出し,

岡谷方面のプラットホームに降りる事が出来,


ここで始めてあ~あ~ようやく帰れるって。


第四章 JR不通の上諏訪駅構内

ところが、ちょうど茅野方面からついた臨時列車から、

花火に向かう人がおりて来られ、大混雑。

後ろを振り返ると、私たちのあと花火あきらめて、ホームにおりてくる人とで、
 
階段は、もう、動けない状態となっていたのです。

いや~~早く引き上げて来てよかった~。

この時が7時半頃かと。

ここからが今まで経験した事のない

バリバリバリ という感じの雷と豪雨。

そして,雨でかすんだような、丸い大きな花火が、建物の間から見え、

なんとなく物悲しい 感じが募り始めていました。


花火の爆音。 
 
雷の張り裂けるような、音

プラットホーム雨樋から溢れる滝 のような雨水の音

そして,ホームの人たちの悲鳴の嵐。

何と,不安な精神状態の十数分間!!

7時45分頃花火の中止の放送が流されると、
 
ホームの人たちのため息のような、

やっぱり早めに帰ってよかった!!とでもいうような、

一種の安堵感が漂ったのであります。

その後は、


バリバリバリ

という感じの雷と豪雨、

もう、今は、花火はなく、雷の独壇場って感じでありました。

そして、救急車のサイレン

余計に不安感を募らせる感じ。

流石に、すぐ近くに落ちた感じの雷の音の時には,

大勢の悲鳴と共に,私の孫も含め、何人かの子供さんが

泣き叫ぶ程の狂乱状態 となったのであります。

そして、予想もしていなかった放送が!

落雷と集中豪雨のため、JR中央線の運行中止!!

となったのであります。

翌日の新聞によれば、

諏訪湖周辺は、一時間降水量74.5ミリ

昭和47年統計開始以来の最大の記録という。


第五章 駅構内での笑いと涙の五時間

          涙編

 
これからは、テレビや、新聞では、報道されない

大変な試練!!

そして感動のシーン について、お話いたしましょう。

完全に、電車は止まり、

プラットホームの出入りも、ストップ。


上下線のプラットホームは、

ビショヌレの私たちも含め、

何人だろう!

花火客で溢れという感じでありました。

しかも、それぞれのグループや家族が、固まりあって、

立ったまま、電車の運行再開 を待ったのであります。

駅の係りの方も、慣れないことであったと思われますが、

電車の運行のめどが立たないので、情報が入り次第、放送いたしますという内容

を繰り返すだけでありました。 

緊張のあまり、毎回案内の言葉がカミまくり、その混乱振りが、手に取るようでありました。

JR中央東線は岡谷駅の雨量計が、規制値を超え岡谷諏訪地方に土砂災害警戒警報が発令されたという、

最悪の状態の中に、入ってしまったのであります。

何度も何度も、運転再開のめどは未だ・・・との放送に、

数人の人が、係りの方に食いついては居られましたが、

日本人のすごさはここにあり!!ッて感じ。

ほとんどの方が、あきらめ感の中比較的冷静 でありました。

私たちの孫たちも、雷と雨がやんだあとは、驚くほど、お利巧で、よく我慢していた思われました。


構内に入って7時半頃から、1時間半ほど経過。

ここで、現実的な問題が・・・

ある程度の緊張が解けてくれば、生理的な現象

次男とその子達が・・・

トイレはどこだろう?
 
” 係りの人に聞いて!! ” 

とにかく身動きも取れない感じの人であります。

茅野の方面の階段の方に走っていきました。

ところが、なかなか帰ってこない!!

この間に電車が来たら・・・

乗り過ごしてでも待ってなきゃイカンね~~~

不安な気持ち!!!

その間は、逆に未だ、運転再開しないで~~という複雑な気持ち。

一時間くらいして

いや~~~~大変だわ~~

何、迷子になったか???

ちがう!!トイレが満員で大変だよ!!

となったのであります。

未だ再開しないと思うので、今の間に・・・となり、

私と、妻と三男のお嫁さんと、ホームの連絡通路を渡って


警備の警察官の方に

トイレに行かせてください!!

電車を待つお客さんが、暴動化しないように階段に、綱を張り

下りのプラットホームに入らせないようにしていたのです。

これで規制しないと、プラットホームは、大混乱になると思えたのであります。

ここも、大勢のお客さんが、秩序正しく押し合いはあったと思われますが、

冷静な感じでありました。
 
荒々しい会話のやり取りはなかった 様子でありました。

 この混乱状態の中で、日本人のすばらしさを再び知ったのであります。

これからが、また大変

トイレはどちらですか??

ここが、男の尻尾だよ!!

ええ!! と思わず叫んだのです、

なんと、20人は並んでいたのです。

移動も含め、男の人は、一分半としても、

30分か~~

この間に電車が来たら、また大変だ~~

そんなこと言ってられない状態のなか並びましたが・・・・・

そりゃそうと、女の人は?

と思って見ると、

なんと、蛇のように回っていて一時間は並んでいる!!ってことでした。

これは、地獄のようなって思ってしまったのであります。

私が、7~8番目の所に来たとき、

出てきた男の方が、女の人の凄さを見兼ねて、声をかけていました。

男のトイレが空いてるから、使えば'''・・・・と。

しばらくして、2~3人が、遠慮がちに、男性の横に並び始めたのであります。

普段、男性用に入ってくる人には、どうしても、

ナニ!この人!!って気持ちがありましたが、

この時ばかりは、よく思い切って来れたね〜

良かった、良かったって、、、、

そして、うちの二人も、思い切ってこれば、・・・と思っていた所、

私の少し後ろの右の列に,二人で並んだ様子でした。 
 
ナニ!きたんだ~〜

もうね〜状態が状態だからね〜

私が用を済ませても,なかなか来ない。

電車が気になる。

何度も何度も探しに行ったりしましたが、なかなか連絡通路に上がってこないって感じ。

三男のお嫁さんが遅れた理由は、

気の毒な三人の親子に、順番を譲ったという。

なかなか、出来ない事をしたな〜と・・・・

何だかんだで、みんながいる所に戻れたのは、

50分位後の10時前かと・・

普通に並んでいれば、おそらく、1時間半位は・・・と。

今までは、このような緊急事態は、なかったとは思いますが、

この異常気象の時には、起こり得る事態と思えてならないのです。

  諏訪のこの事態を教訓に、

        私たち経験者として、お願いしたい。

仮設トイレの設置や

体調不良の方のための、最小限の椅子などの緊急搬送体制 の検討

の必要性を、痛切に感じたのであります。

二度とあってはならぬこととは思いますが、、、、、



第六章 駅構内での笑いと涙の五時間

           笑い編

10 
時頃になって場内放送が

間も無く,隣の茅野駅から、点検車両 が出発いたします

運行可能の確認ができれば、運行再開となるとのありがたい内容に、

あ~ようやく少し前進か~と安堵のため息のような

      ざわめきが・・・

早く来てくれ~ 点検用車両!!

車両が来ましたら危険ですので黄色い線 まで下がってお待ち下さ〜い

  何両だろうね~

とそれぞれが,一両か?

いや~三両くらいじゃ~? 

でも、なかなか来ないのです。

場内放送も、他に情報が入らないらしく同じ内容をくりかえすだけ

なんだかんだ、待つて、まって何と !

   11時 になろうかという時間。

プラットホームに入って、3時間半。

びしょぬれの服装は、自分の体温や、周りの人の熱気で

ほとんど乾いていたようでありました。

流石に足が疲れて来たので、花火用に用意した座布団を地面に敷いて座りました。

周りの人も、当初の話し声も少なく、寝ている人がたくさん、,、

私の孫たちは本当に、よく頑張ってるって感じ。

寝ることもせず、泣きもせず。 ビデオ撮影 までしていました。

突然、放送が

まもなく点検用車両が来ますのでご注意ください

みんなが、待ちに待った、朗報であります。

すると、向かいの登りホームの人が左方向を見ているではありませんか!!

今までの緊張感を吹き飛ばすような

  
何ともしれない笑いの渦 が巻き起こったのであります。

私たちも、ホームの左の方の人の間を、目を凝らして見たのです。

すると、どうでしょう。

右手方向からくるであろう点検用車両 を想像していたので、

左から入ってきた車両を見て、向かいのホームの人たちよりも大きな

こころ和ませるような

             笑の渦

そして、子供達の楽しげな笑

それはとても口では言い表せない感じの 瞬間でした。

入ってきた車両というのは・・・
           
次の2コマの写真をご覧下さい!!




点検車両   

点検車両通過

 
二人乗りの電動式自転車が二台つながった感じの車両。 


  動画が配信出来るようになりましたので、

   緊張の中での、なんとも知れない笑いを、

   感じていただければ、・・・・ 

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大注目の中 、ゆっくりと入って来たのであります


  この緊張の中のほのぼのした笑いの渦が、

  とても心和ませる一シーンとなったのであります。

二男も疲れたせいか、ホームでのビデオは、このシーンだけであり、大変タイミングのよい貴重な映像となったのであります。

 ホームにいて今か今かの思いで

電車を待ち続ける切ない気持ちの中での

         最高の笑い 

     
一生忘れられないと思えたのであります。

誰もが、点検車両というからには、2~3両?

ホームに入ってきたら、危険!!

右方向の茅野方面から来るなどの情報とは

あまりにもギャップがありすぎて

あの笑いに繋がったと思っています。

何はともあれ、点検車両が ,通過したのです。

 でもここからが、なかなか好転してゆかないって感じ。

疲労と、あきらめ 感の為、いま何時?というはっきりした認識がなかったのですが、

多分、11時半過ぎだった感じ、

なんと、ホームに入って四時間は経過!!



第七章 ようやく構内に電車が!!

頻繁に尋ね人や、

旅行会社の方からの、ツアー客への連絡事項
 

などの放送が繰り返されるうちに・・・・

  まもなく、岡谷駅を発車して、

     登りホームに、電車が到着いたします。”

との、みんなが待ちかねた放送がありました。

すると、誰が合図するまでもなく、

”  わ~~~!” という歓声と共に

   大きな拍手が向かいのホームに

               
 響き渡ったのであります


そりゃ~そうです!もう、四時間は待ったのです。

何をすると言うことなくですよ!

しかも、あてのない時間を、
みんなが、待ったんです!!

でも、私たちの下りの案内はなかったのであります。


当然ながら、私たちホームには

喜びの声と共に、自分達への不安な気持ちのため息とも取れる

ざわめき が起こったのであります。

時間から見ても、私たちには、焦りのような
嫉妬のような

      不安感を覚えたのでありました。


      でも、十数分して、

わがホームにも

 まもなく、茅野駅を、電車が出ます。

  特急電車ですが普通乗車券でご乗車いただき各駅停車いたします~~。” 

   という本当にありがたい

   待ちに待った 
放送が入りました。


すると、私も含め、

” わ~~~” という歓声とともに

      大拍手が沸き起こったのであります


もう、その時のうれしさは表現しがたいものでありました。

ア~~これで次のステップに移れる~~って感じでありました。

映画とかの、シナリオに基づいた、シーンではないのです。

ず~~と我慢して待ち続けた後の

    喜びが自然に出たのであります。 

このときばかりは、みんなの喜びの声と共に、感動的なシーンに遭遇出来た喜びも含め、

涙が出そうな感情 に襲われたのであります。

三歳半の子を含め孫たちとそして、私たち大人五人の九人で、

喜びをあらわにして、電車を待ったのであります。 

  のぼりの電車が入ってきて、反対ホームの人が電車に乗り込み、

嬉しそうな顔!顔!

電車の窓を通して見える、プラットホームの人影が少なくなって行く光景は、不思議と

寂しさを覚えてしまう不思議な心の動きに

  自分ながら、” これって!どういう感覚??”

         と思ってしまったのであります。

登り電車が、無事に発車!

” まもなく、下りホームに特急電車が入ります!

危険ですから、黄色の線まで下がってお待ちください!!”


いや~~久しぶりに見る電車。

満員じゃないか??

みんな降りる人なのか??

だんだん不安感が広がってきました。

特急電車は、四人ガケの席なので、あまり乗れないのでは?

小さい女の子までチャント乗れるのか??

乗降口が私たちの前で、運良く止まってくれるのか??

私の心配事が、全て出てしまい

乗降口と乗降口の丁度中間点に私たちは、立っていたのです。


” シュ~~ッ” というドアの開く音共に、

このときばかは、乗客の混乱が結構ありました。

乗降口まで、人が殺到という感じになったのであります。

私はこの時点であきらめを、決意!!

小さい子達も一緒に,あの混乱の中には って感じになったのです。

このときばかりは、秩序正しい日本人という感覚は少しさめた感じ・・・・・

駅の係官の

” 押さないで下さい!!”

 やめてください!!って、

     
中で言ってるでしょ!!”

と結構何度も、

何度も、大きな声を張り上げていました。

乗りはぐれた人も、あきらめたのか、それ以上は、押し合いもなく、

再開一番電車をかなりの人が見送ったのであります。
 
ちなみに、私のすぐ前で、ず~と話しに夢中になっていた若い浴衣姿の女性の二人ズレは、どのようにして乗ったかはわかりませんでしたが、結構奥の方に乗っていて、
やめてください!!って叫んでいた人だ~~と・・・・

” 次は、すぐ来ますか?”

” はい!普通電車がまもなく入ります!”

” 次は、乗れますか?” にたいして、少し周りを見渡して、


” 前が少し余裕がありますから、前の方に移動してください!!”

となり、私たち九人は移動して、混雑の少ない前のほうに・・・・

” 階段を下りた付近にいたので、

      一番混んでいた所にいたんだね~~”

” 運悪く特急電車だったので、

       あまり乗れなかったんだね~~”

” まあ!ここまでこれば、必ず帰れるから、

          これで良かったんだよ~~”




第八章  懐かしきかな岡谷駅・・・

おかげさまで、再開二番電車にはほとんどの人が乗れた模様で、

” あ~あ~やれやれだね~”

”みんな怪我もなくて本当によかった!!”

ここでビックリしたことが、

二男の長女、小学六年の女の子。

私たちが座席に座っていた所、 

どんどん乗ってくるお客さんに

 ” どうぞ!” といって他のお客さんに席を譲ったのです。

必死の思いで湖畔から脱出して、しかもプラットホームに

       
 五時間も立ちっぱなし

とても疲れていたであろうに、席を立ったのです。

電車の区間は、二駅だけとしても・・・・・・、

” いつの間にか、大人になったな~”

” 特に、この五時間の間に、

      
いろんな人生勉強が出来たのかも?” 
と・・・

岡谷駅で降りて、近くの24時間スーパーで、食料品を買い、

翌日にラウンド予定の諏訪レイクヒルカントリーの予約ホテルに着いたのは、

     なんと、日付は変わって

     8月16日
午前一時過ぎでありました。

ホテルの方も、とても心配していただきましが

”未だ帰っていない方が、二組ほどもある
”ってことでした。

また今回の諏訪湖のほとりの場所取りを朝早くからしていただき、

見知らぬ土地の案内図まで、詳しく指示していただいた知人 。

大混乱の中、私たちを助けに車を出そうと

幾度も電話連絡をしていただきホテルの方まで幾度となく、問い合わせを頂いていたとのこと、本当に感謝した次第でありました。

人と人とのつながりのありがたさを、感じたのであります。

残念なことに、携帯電話は、緊急事態のため、電話が通じず、また、あちこちに電話をかけまくった為 私の電話も妻の電話も池切れ状態

完全に連絡の取れない異常事態となっていたのであります。



そして、朝を向かえ予定どうり、次男と三男と妻の四人で、早朝ゴルフを楽しみ、今年のお盆の日程を、とりあえず終えたのであります。(ゴルフの結果は、特記するまでまなく,メロメロ状態でありました。)


第九章 諏訪湖祭湖上花火大会 ありがとう

今回の諏訪湖祭湖上花火大会は、二度と経験する事のできない体験が出来

  結果的に、孫たちも、

いい経験が出来、一生忘れる事ができない

       と、話してくれ、安堵した次第であります。

そして、三男のお嫁さんから、

お父さんの、素早い対応は、凄かった。

なかなかできない事だね

   褒めて頂き、自分ながら満足のゆく対応ができ、
 
   また、みんなに、二度とない体験を

   プレゼント?
出来たことに、

  誰にとはなく 
感謝した次第であります。

小さい子達が一緒だったことが

        
そうさせたこと

として,みんなで、長い一日の事を何度も何度も 話したのであります。


想像でありますが、花火会場の水際にいて、

   小さい子四人を交えたグループが、豪雨の中、

  駅封鎖の前に上諏訪駅構内に戻れたのは、

       あまりいなかったのでは?

       
今思えば

よく脱出できた!痛感した次第であります。


そして、諏訪湖祭湖上花火大会の魅力を痛感し、


来年リベンジを!!

    
と思えてきたのは、不思議な感じでありました。


      
翌日の朝刊(信濃毎日新聞)によれば、

       主催者発表  県内外から、50万人の観客

       昨年と同じ、4万発を打ち上げの予定だったという。
        
      後日、地元の方とのお話しで、

   今まで、諏訪に長年住んでいて、
あのようなゲリラ豪雨は初めてという。

  また、近隣の町から訪れていた方の中には、

   茅野市や、岡谷市まで歩いて帰られた方も結構あったそうであります。


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パターをする時まで気付かなかったホールインワン(第40話)

今までにない永~い 盆休みが終わり、

   8月19日から、身も心も、リベンジって感じで、
 

   周りのお客様も一斉にスタートとなった様子であります。

  今年の夏は、例年以上に、猛暑、そして、ゲリラ豪雨、そして

     桜島の爆発 
異常な感じのするこのごろです。

  わが社の、ツバメ達も、16日に帰ってきてみてみると、

    何とか、無事に巣立った様子で、空き家になっていました。

  近くの電線を見ると、尾っぽの短い幼鳥らしいツバメが、フラフラとしていました。

  しっかり、飛ぶ練習をして、寒くなる前に、海を渡って

    また来年、顔を見せてくれ~~って感じであります。

   8月15日に、諏訪湖花火 をそして、翌日、ゴルフを計画して、孫たちと楽しみにしていましたが、

   とんでもない、番狂わせとなりました。

        このお話しは、もう少し、落ち着いて、まとめたいと思っています。

   8月18日、早朝ゴルフに出かける前に、

   プロの世界でのホールインワントップ10のテレビ番組があり、

     大変興味深く、たまたま見ることが出来ました。

   そのなかには、私の『ホールインワン見聞きの旅』の中でも紹介させていただいた、

 【ファジーゼラープロのショット27秒後のカップイン】 の映像も出ていて、

    再度、大変愉快な思いを致しました。

  それに、

   332ヤード位のミドルホールのティーショットが

  丁度、パターを終えて歩いている前の組のプロの持っていたパターにたまたま当たって、

 
   
カップインしてしまったという

     誠に愉快なホールインワンの話しがあることを知り

    またまた、世界の広さ 知った次第であります。

   これは、プロの世界の話でありますが、

      ありえない度は極限に近い感じであります。

   そして、トップ1のお話しは・・・

 プロのジョナサン・バード

   ツアーで三人のプレーオフとなり、

    オナーでカップイン!!

      見事、優勝

 
そして、ツアーの シード権獲得 も果たしたという。

      ゴルフネットワークでリピート放送中・・・・

  現実に戻れば・・・、

   私たちの周りで、知りえた、現実味のあるホールインワンも、

    ゴルフを楽しむ人にとって

 なんとなく、自分にも、突然、生まれそうな 
ハプニングとして

   受け止めていただき、癒しの一つになって来るもの 思っています。

  今回のコーナーの主人公半田 卓氏。
 
   この方との出会いは・・・

第36話
の中にご紹介の【91歳の時に、二回もホールインワンを達成された河合愛吉さん

  
とのホールインワン談義の7月21日に、偶々知合えた方であります。

  河合さんとのラウンドが、次回持越しって感じになったので

    私たち夫婦のみでのラウンドになりました 。

   
夫婦二人のラウンドになると、

遠慮のない会話の中で、緊張感のないゴルフになってしまうのが常であります。
 
    
この日も、


 二人プレーでは、前のパーティーとのリズムが会わず、

 余計、調子が出ないって感じでありました。

  後半スタートの前に、後ろのパーティーの方と、お話しする機会が出来たので、

  ” 私たち、夫婦なんですがよかったら、

      待ち時間もありますので、

        四人で一緒にいかがでしょうか?”

  
となって、ハーフだけでも一緒にラウンドさせて頂くことになったのであります。

  
その時にお話しさせていただき

  ご主人の半田卓さんに

  ” 忘れられない ホールインワンがある ” 
ってことを知ったのであります。

  半田卓さんのホールインワン

  2012年(平成24年)10月8日 

    三重県松阪市 メトロポリタン倶楽部

   平成22年の秋頃に1泊2プレー4食付、夜は、海鮮鍋付で、一人 20000円

  
という お得プランの広告 が目に付き、

  早速申し込んだということがキッカケで

三度、同プランでラウンドを楽しんだ とのことでありました。

お住まいは、東大阪市でありますが、ゴルフは、ほとんどが、三重県の方まで

遠征してこられるとのことであります。


  この日は、泊まりでなく、ご夫婦での二人プレーにて、ラウンド。

  インからのスタートをしたものの、OBではないはず

   
と思われる ボールが見当たらない などで、

    気持ちも乗らず、スコアーも今一って感じ。

  挽回を期して臨んだ後半のバックナインに入っても

   不運が続き、2番ホールでも・・・。

   OBであるはずもなく、何度も探したが、またまた、見当たらない

    結局、ロストボールに・・・。

     なんてこった って感じだったとのこと。

 がっかり感で挑んだ次の、メモリアルホール。

  3番 152ヤード 打ち上げのショートホール。 

  旗先が何とか見えるという位の打ち上げのホール。

     4番アイアンで、

今までのもやもやした気持ちを、吹き飛ばす感の

      ナイスショット。

  大満足の飛び 。  ピンに向かって行っという

  ところが、グリー上に、ボールが見当たらず、

  手ごたえのあるアタリであっただけに諦めがつかず、

   グリーンオーバーか?と思い、奥を探すも・・・・

   さては、グリーンに届かず、手前か?と思い、行ったり来たり・・・・、

   左にキック?

   右にキック?

   二人で、右往左往?????

  ロストボールの連続で、自分自身に

   ” またかよ~~~” と怒りは、頂点に
 
            
って感じだったという。

   そして、仕方なく、

   ” 適当に、グリーンの外からアプローチして!!”

  そして、二人とも、オンしたので、奥さんが、ピンを抜きに行った時、


   ” え!!え~~”  

   ” なんと、カップに捜していたボールが、居座っていたんです。”

  ロストボールの連続であった為、” また!ロストか!!” 

      
という感が強かったので、

 ” ホールインワンなんてことは頭になかった。” という。

  奥さんの弁

       ” いっぺんに、気分が晴れました。!!”

  半田さんの弁

   ” その日の私の心は、曇りのち快晴!” となりました
 
      との言葉が、うれしさの表現でありました。

 今まで、大勢の方の編集に当たっての内容の中で、

グリーン周りを見てもなく、” さては!! ” 

   との思いで、カップの中を見たらホールインワンだった

   
という方が、結構おられましたが

  パターの時までカップを確認されなかったというのは

   この半田ご夫妻が初めてでありました。  

  この日は、ロストボール が続いていたので、

  ご夫婦とも、カップの中は、一度も確認されず、

  奥さんの、” またや!という思いの中そこから打ったら・・・・・” 

   という 会話の流れの中で生まれた愉快なシーンと思えるのであります。

 このような、状況で、カップの中のボールを見つけた時の

  意外性から感じる喜びは計り知れないものと思っています。

  この日は、キャディーはいなかったそうですが、

近くで作業されていたゴルフ場のスタッフの方が

一部始終を見ていただ いていた様子で

  快くホールインワンの承認 になっていただき

  ホールインワン保険も無事頂いたそうであります。

  この半田さん御夫妻との出会いは、私たち二人だけのプレイになって、たまたま、私から、

” 一緒にいかがでしょうか?"  

      
と声をおかけしたことで繋がったお話しであります。

  このようにして考えてみると

  この日常の生活というのは

 すべて人と人とのほんの少しのふれあいによってなり立っていて

    誠に、不思議な感じが致します。

 考えようによっては、そうなるべくしてなった結果

  と判断しておいた方が、

     
好いのかもと 思えてなりません

著名作家と同姓同名の方とのホールインワンのお話し 【39話】

   
    人と人とのつながりの中で、

   仕事のみでのお話しでは、

人間味のないお付き合いで、終わってしまうことも多々あると思います。


  当社にお越しのお客様とのお話しにおいても


いかに多忙の中とはいえ少し

息抜き的なお話ができればという思いが私にはあります
 

私の場合、それは、ゴルフの話になってしまいます。


そのひとつのきっかけになればという思いから

接客用の机の端に、ホールインワン記念ボール置きトロフィーと

『ホールインワン見聞きの旅』の本を並べてあります。

  そんな中で7月、愛知県弥富市から

特殊刃物の製作の打ち合わせにお越しになり

そのトロフィーのことから、ホールインワンの話に・・・

            そして、

今回の39話の主人公として登場していただくことになりました。

  その方は、著名な作家新田次郎さんと、同姓同名の方であります。

  ご本人に、” 名前のことは、意識されますか?”

   ” やはり、あまりにも著名な方ですし、

       マルきりの同姓同名ですから・・”

  このことがあって、作家新田次郎さんのことを、少し知りたいと思い、調べてみました。

   作家 新田次郎  (1912~1980)

   長野県諏訪市生まれ

  山岳小説家の代表的な方であり、

           気象学者でもあったという。

  推理、歴史小説にも力作が多く,自然の脅威と

      それと闘う人間の姿を描いた作品が多いという。

   数多くある作品の中に、

    【八甲田山死の彷徨】   【武田信玄】 

          などなどがあります。《インターネット参照》



 さてこのたびの主人公新田次郎さんにもどりますと・・・。

直接のお話しの後、投稿していただいた資料には


   作家 新田次郎の作風を髣髴させる内容が見受けられました。

  今回は、この内容を交えてご紹介させていただきたいと思います。

    新田次郎さん、18年前のホールインワン

    1995年(平成7年)11月16日  

     富士カントリー明智ゴルフ倶楽部

      東コース6番ホール 159ヤード

      天気 晴れ、絶好のゴルフ日和

 特別天候のことをクローズアップした理由から入りましょう。

 このメモリアルデイを迎えるまでは、

天候も、世の中の出来事も含め、

大変なことが多すぎたので、余計に、

このホールインワンが明るい話しとして心に残っているという。
 

作家新田次郎 さん的な、
文面から抜粋してまとめましょう。

1995年 1月17日 

      阪神淡路大震災  年初から大変な幕開けと・・・

  2月26日 地震後の自粛ムードの中、松名CCでラウンドしたものの

   14番のティーショット後、今まで経験したことのない  

       ピカ!!! ドドド~ン
     
  
その後米粒大のひょう
          
        バラバラバラ ・・・と

     そして、シンシンと、が降りはじめ、

          あっという間に、クローズ  

      3月20日  地下鉄サリン事件

 この事件で、世の中の暗い影は、一層濃くなった。


      4月23日  雨、となり結局 クローズ

      7月8日 揖斐高原CC だ~~

    初夏というのに、雨に打たれて

   
 真冬のような寒さに震え上がったという


   7月22日、10月29日、共に、雨に会い

    気持ちよくラウンド出来たという思いは、なかった とのこと。



   このような背景の中新田さん人生に、

       そしてゴルフ人生に大きな傷痕を残 しながら、

   11月16日を迎えたのであります


  今までの雨運は、うそのような好天。

インスタートの10番から、パー発進。

バックナインに入っても、調子が上がり、


” このままで行けば優勝が狙える” ッて感じで、

運命の6番ホールに・・・ 
 なんと、三組も渋滞!!!

 ” せっかく、波に乗ってきたのに、水を差されたか?”

 ” 今年のゴルフの神様は、私には冷たいから???” 

    と 茶店で肩を落とし休憩を・・・・

そして、同じコンペパーティーの一組目が、

全員グリーン上にマークをした時点で、

  ” 打って~~~” となり、

     後ろには、仲間のパーティーがそろい、

コンペメンバー全員が・・・・・ 見守ることになったのであります。

     二番目にショットの新田さん

  ” 右は、問題無い!!”

  ” カート道より左は、即死(OB)・・・” と自問自答

  持ち球は、左に曲がる、フックボールなので、

  少し、右目にアドレス。

  ” ・・・引っ掛けるな・・・よ~~” というリズムで、

   ダウンフィニッシュ!!!” 

  狙いどうりに打ち出されたボールは

     グリーンエッジを越えた所に落ちて、

フックラインでピン方向に向かい

    ” 止まったかな~~  ” という感じ、

    ” よし!二アピンだ~~”

    ” バーディーもいけるぞ~~”

    ” 優勝も夢では、な~い!!”と、思い、 
 
   右手でキャップ ( 帽子 )をとり、 

 挨拶代わりに、 グリーンに向かって 

     ” ドヤ顔で ” 、振り返った瞬間

     ” フッ ” と ボールが消えた!!
     
というのがその時の光景だったという。

 ” ええっ!・・・これって・・・入った?って感じ。

  仲間達の、” うぉ~~ ” 

      という歓声に、カップインの音は、聞こえなかったという


  コンペの仲間達全員が、興奮の渦って感じ・・・

  ” ヤッタ~~ ”

   クラブを離した左手も突き上げ、

   ガッツポーズで喜びを発散したという。

   仲間達から握手握手そして拍手

   まるでプロゴルファーのホールインワンの瞬間のような印象

             
を受けたのであります

   当事者のご本人はもちろんのこと、

    その光景を見ていた人達全員の興奮状態は、

   ギャラリーが多いだけにすごかったと・・・

  そしてなかなか、平常心には、戻れないような雰囲気だったという。


  但し、ご本人は意外と、平常心に戻るのが早かった感じで、

   グリーンに行き、ボールを拾い上げると再び、

   前の組の方からも、” おめでとう” 

     
そして、握手の嵐を受けたという。

   誠に、ホールインワンを達成した人にとって、

   最高の舞台であったと思えるのであります


     なかなか、このようなギャラリーの多い

       しかも全員が同じコンペの仲間達の前で

          ホールインワンが達成できるなんて

    二度とない設定と感心した次第であります。

   ホールアウトするまでの間に、

    誰もが思うことがとても気になったという。 


   ”  保険はもらえる?” 

   ” 手続きは?どうすれば・・・” 

   ” キャディーさんへのご祝儀は?”

   ” いつも、カードの支払いなので、お金が足りるかな?

            などなど、頭から優勝の二文字は 消え、

  ” 不安だけが、頭の中で、渦巻いた  ” という。


   そして、それ以降は、” 地に足がつかない ” 感じで、

     満足のいくゴルフにはならなかったそうであります。

   それでも幸運の女神が、微笑んでくれて

         ” 念願の優勝まで ” 出来たという。

今回の主人公の新田次郎さんの資料にもとづいて、まとめさせて頂きましたが、


流石に、著名な作家新田次郎の才能がそのまま受け継がれているかな

 とも思える内容に、戸惑いながら、私なりの編集とさせて頂きました。

主人公が生まれた年に作家新田次郎直木賞を、受賞されたそうで

それにあやかる意味も含め ご両親が

    次郎 という同名に、命名されたとのことでありました。

  もの書きをする必要がある時などには、

    どうしても、作家新田次郎さんの事を意識してしまうということでありました。    

 この度の、ホールインワンのブログ資料のまとめに際して、

 ” 18年前にタイムスリップする事が出来

  その時の感激が、再び、思い出され、

     今更ながらそのコンペの幹事様や参加者の方々から

 受けたご好意に対して、厚くお礼申し上げたい ”

          とのことでありまし


そして気まぐれなゴルフの神様!!

この年は、ずいぶん悪天候で、いじめてくれたけど、

 最後に、最高のプレゼント! 

          ありがとう。

そして、私との出会いを、大変喜んで頂き、

新田さんのホールインワンの時のエネルギーを 私自身も頂き


また、新しい見聞きの旅への活力 をいただいた次第であります。

この度の、共に、味わったホールインワンの不思議な魅力が、

   新田さんのまた新しい活力
に、

       そして、このブログを覗かれた方にも、

   希望と夢のカンフル剤 
      
になっていただける事を、

     願って、次の出会いを

         楽しみにしたいと思っています。




 ”

続きを読む

巣立ち間近なツバメ一家の思いやり?

                  37話、38話の続きのお話しです。

         生まれて、2週間。

    会社の監視をしながらの子育てのその後、
 
いつも、親から、えさを貰いやすい場所にいるのは

  体の大きな子達・・・

  どうしても体力的に有利な子が先にえさを、貰

          どんどん大きく育つのは

    生存競争の道理  と思えます
     わが社の子達も、次の写真のように、 


つばめ4
 

    体の大きいのが四羽、前列に陣取り

         
親を待つ

5日遅れの小さい子は


  なかなか目に触れる所にはいないって 感じでありました


番えさを貰いやすい場所に

       
出てこれない
っていうのが

            
現実かもしれない。

ところが8月8日

   次の写真のように、

     一番有利な場所に、

      ちび助 
が出てきていたのです

   なんと、小さいことか 

    気の毒なくらい小さく、

 みんなと一緒に  

    海を無事渡れるか??
ッて感じであります。


           
ご覧下さい!!
つばめ3


      この写真を見て、

           皆様は
どのように思われますでしょうか?

   ちび助が、一瞬の機を見て、
もぐりこんだ??

  
親鳥が、他の子たちに、

    ちび助を前に来させるように
たのんだ?


   親鳥が割り込んで、くちばしで

         ちび助を 
前列に引っ張り出した?

   他にもイロイロ感じるところはあると思いますが、

      私は、この家族を毎日見ていて、

           
次のように感じたのであります。

   ” お~~い!ちび助!!”

    ” そんなんじゃ~旅に出れんぞ~!!”

  ” 今日は、ここにおいで!!” 

 
といって、前に出るように、席を譲ったんでは?

    
と思えたのであります

  
人間の世界だけでなく、ツバメのよう鳥達の世界にも

     このような、人情 といいましょうか、

   生きるものたちの、常識としての

    心の通い合いって言うものがあって欲しい

       ふかい  絆 で繋がっている

       
と思えるのであります。

   ところが、

      今日8月9日はトップの写真のように

    もう、ちび助は前には居らず、

    
後ろのほうで、隠れてしまっていました。

    あっ!
あの日だけだったのかな?

   これがまた、動物の動物たるゆえんであって、

  私たち人間の心の状態で、

        受け取る気持ちの変化で

          感じることかな?
 
と思ってしまいました。

   ちび助のために!!、

   また!席を空けてやってくれ~~~


              叫んでしまった次第であります

  お盆休みの間に、みんな居なくなる??

    と思うと、少し寂しい気持ちになるのは

       私だけではないような感じであります。




ジュニアの成長ぶり!!??  (第38話)

  37話に続いて、監視カメラのセンサーライトの上に、

   セコムと連携監視をしながらの、ツバメ一家のその後から・・・
 
    や~~ご覧下さい

  わが社の子達は、不安定なところで、

  もう、あふれてこぼれそうな感じです。

つばめ2


 8月3日に遅く孵った5羽目の雛が

      ようやく、頭を出し始

   四羽でない!五羽いるよ!!と、ひときわ小さいのが、・・・

   相変わらず、親と間違えて、

  首を伸ばし口を、大きく開けて、アッピール

3週間で巣立つとはいえ日に日に、体も大きく巣からはみ出して

   
、今にも落ちそうな感じであります。

お盆休みの間に、巣立って、一人前になれるか、とても心配。

大きくなる為には他の兄弟《姉妹?》よりも

親に私に餌を!!とばかりに

 、生存競争の第一歩を、経験している感じであります。

37話の親は、一分に一度の給餌というデーターがあるとのことでしたが、

    わが社のツバメ夫婦は、えさの量の性か、

     暑さの性か、2~3分来ない時もあり、

    5羽の子達は、余計に、人の出入りに反応して、

   親と間違ってるわ~って感じであります。

  それにしても、
 
  
に日に、目に見えて成長するのには、本当にビックリ。

その成長ふりが目に見えるのがとても楽しみ。  
 
    ゴルフの話に戻りますと、

   31話のお話の内容が発端になって、

ドライバーの飛距離を伸ばす為の私の特訓レッスンの成果は

この雛たちの成長ぶりとは、程遠い感じで

5~6ヤード伸びたかな?ってところで、限界を感じたところです

  ツバメ達のことを観察しているうちに

  8月3日このブログの31話の主人公、幸田彩里、悠華ちゃん姉妹

      
戦積が飛び込んできました。 

この姉妹の成長ぶりはわが社のツバメ達の成長にダブらせて、

気にはしていたところであります。 

   幸田彩里ちゃん 《小学校6年生》

    7月23日  中部小学生ゴルフ選手権愛知地区予選

   春日井カントリークラブ

   スコア 75  優勝   やったね~ 

        結果  本線への出場資格獲得。

   7月31日  中部小学生ゴルフ選手権競技

   三好カントリークラブ東コース

     スコア 80 三位   がんばったね~

   8月16日 全国小学生ゴルフ大会 出場決定

     芦屋カントリークラブ

   今年の春の全国大会では、五年生ということもあって、

   出場することに、意義があるという 程度の気持ちで試合に臨んでいたが

    今回は、6年生ということもあり

     10位以内を目標

    に毎日、練習に励んでいるとのことであります。

  幸田悠華ちゃん 《中学2年生》


   中部ジュニアゴルフ選手権競技の予選

     春日井カントリー  スコア 81

          予選通過

   中部ジュニアゴルフ選手権競技

   東名古屋カントリークラブ東コース

    スコア  一日目  85

           二日目  80

     惜しくも日本ジュニアへの出場は、叶わなかったという。

   お姉ちゃんの寸評

   日本ジュニアへの出場には

     まだまだ、飛距離が足りない!!
    
             を痛感したとのことで


    それを克服する為に

       毎日練習に励んでいる とのことであります。

      5月3日にラウンドした

     本爺と私キモ爺《31話参照ください》のマッチプレー以来、

  
特にお姉ちゃんのドライバーの飛距離の伸び具合には驚かされたのですが

それから三ヶ月、さらに成長して、

   いまは、210~220ヤード位です

  
彩里ちゃんは?

   200~210ヤード位かな?

  
肩痛
老化現象の進行により 、

  もうまともにはかないませ~~ん 
って感じであります。


    身長は?にたいして、

   
それがね~あまり伸びないんです

   まあ~スコア
がのびればいいですよね~ 

  今は大会で優勝する子は、

     240~250ヤード飛ばし

         68
で回るってことです、

    
中学の女の子で・・・・
ですよ

      わが社の 
ツバメの子達 のように

   目に見えて成長することが、

   若い人には
 毎日の努力によって 


       かなえられる と思いつつ 

    がんばれコールをトップ写真の

       
ツバメの子達と共に

         送りま~ス。

  
うちのツバメ達が巣立つお盆明には、彩里ちゃんのさらに、

       
大きく巣立つ朗報を楽しみに致しましょう

   




    




   
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