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ゴルフのお陰で今が・・・そしてホールインワン   (第23話)


  このたびのホールインワンのお話しは、第8話の茶店のお姉さまのホールインワンの主人公葛谷久子さんのご紹介の方であります。昨年の10月に、このコーナーでご紹介させていただいた後、” 私の知り合いで、GSスタンドの社長さんが、ホールインワンを、何年か前にしているので、話しをして見ますよ ” とありがたい会話になりました。この頃は、未だ何人かの取材予定の方が、ありましたので、毎週ブログ打ち込みに大変だったのですが、さすがに、12月頃には、先々が、苦しい状態になっていました。

 そして、今年の1月9日、市の商工会議所の新年互礼会に出席し、来賓のご祝辞を拝聴、引き続き懇親会も出席し、 ”  今年は、必ず、景気はよくなります!!”  との力強い御祝辞の明るい経済展望の中で、異業種間の新鮮な話しにも、盛り上がりました。
 
 人とのつながりの流れというものは、誠に、紙一重で、繋がることが多々ありますが、この時も、・・・・・。
 100名ほどの出席会員の中で、私が、ギリギリの時間で席に着いたところ、目の前に座っておられた方の胸の名札に、葛谷さん御紹介の方の名前が書いてあったのです。

  ”  あれ~ 、葛谷さんからのお話の千賀石油の社長の平田さんですよね?”
  ”  ハイ、そうです! ” ってことになり、ホールインワンの話しに花が咲き、近いうちに、お伺いして、ブログをまとめさせていただくことになりました。

 丁度、昨年の年末ごろから、テレビなどで、ガソリンスタンドの埋設タンクの修理などの期限が平成25年2月との事を聞いていて、どのようなことなのか?詳しく知りたいと思っていた矢先のことでした。なかなか、そう思っていても、あまり関係がないと、深く調べるなんて事は、気が進まない感じではございましたが、この平田さんとのお話しから、少し詳しくお伺いし、また、自分でも浅くではありますが、少し見聞を広める意味でも、調べてブログにまとめさせていただければと思った次第であります。にわか勉強で概略わかったことを、ホールインワンのお話しの前に、少し、・・・。

 2012年の週刊誌などで、【地下タンク改修法令義務】でガソリンスタンドの経営に赤信号・・・などのことが問題になっていましたが、その期限が、今年の1月31日との事でありました。2010年6月の消防法改正で、スタンドなどに埋められているガソリンや灯油の貯蔵タンクの規制が大幅に強化されて、埋設40~50年経過したタンクは、油漏れを防ぐ為、内面を補強する必要があるということでありました。
  
 1月21日に、平田社長を訪ね、ホールインワンの話しを伺いながら、まず、ガソリンタンクの事から伺いました。

  ” 平田社長の所は、タンクの補修についてはどのようにされたのですか? ” 
      と私のにわか勉強の知識を頭に描いて尋ねました。

  ” 私のところは、2店舗しかありませんが、今後のことも考えて、もう数年前に、修理を終えてあります・”との事でありましたが、、エネオスサービスステーションとして大変立派な店舗でありました。

  ” 補助金を受け修理しますが、一本ざっと、200万円の自己負担費用がかかりますので大変です。”

  ” 補修工事は、埋設タンクを、掘り出して、修理するのですか? 

  ” いやいや、タンクの位置を設置図などから調べ、コンクリートをはつって、タンクに穴を開けるんです。”

  ” ええ~、そうなんですか!私は、タンクを掘り出して修理工場へ持っていくと思っていました。””

  ” そして、中に作業者が入って、油漏れを防ぐ為、内面に、繊維強化プラスチック(FRP)で加工していくんです。”

  ” 工事期間は、営業出来ないですよね~”

  ” ええ、大体二週間くらいはかかりますので、一度には、やらずに、順番にやっていきます。”

  ” 工事中は、大変だったですよ! デスから、後継者問題などを抱えたスタンドは、資金的な面や採算性のことも考え、廃業する所も出てると思いますよ!”

  ” 平田さんの所は、その辺の所は、クリアーして決断されたんですよね!”

    ” ええ、私は、まだまだ、頑張れるし、頑張らなければと思っていますので・・・”

  ” 私は、東日本大震災の時に、実際に、目の当たりにした事を教訓に、考えていることがあるんです。” 

  ” ガソリンスタンドに絡んだことですか?”

  ” そうです。大災害の中、電気も水道もストップ。そんな中、道路が機能している処は、車での移動しかありませんよね。”

  ” ガソリンの給油所が大切ですよね!”

  ” そうなんです。ところが、電気がストップすると、ガソリンの給油が出来ないんですよ!”

  ” 給油所も電気がないとだめなんですね~。や~~そこまで頭が回りませんでした>”

  ” そこで、私の店では、そのような緊急事態になった時にでも、ガソリンの給油が出来るように、自家発電設備を、する必用があるのではと、考えています。”

  ” ソレは大切な事ですね。そのような、行政指導が必要ですよね!”

  ” 地域社会の為にもなる大切なことですよね!!”

  平田社長を訪ねてから、また少し、にわか勉強を致しました所、タンクに漏れがあるなしにかかわらず、40~50年経過しているタンクが対象で、FRP補修をするか、地下に電極を埋め込み、電流を流して腐食を防ぐ措置をする必要があるとの事でありました。費用的には、タンク補修が ベターとの事でありました。

 ” いや~~、すみません。ホールインワンの話しより、この話しばかりしましてすみません!!” 

 ” 早速、ホールインワンの話を聞かせてください!”

 ” ところで、平田さんは、関西弁風ですが、・・・”

 ” はい! 私は、大阪、住吉の出ですよ”

 ” あ!、やはりそうですか”。でもどうして、大阪から、岐阜県可児市の方まで・・・”

 ” ゴルフ仲間のつながりで、お付き合いが始まって、こちらの方に来たってわけです ”

 ” そうですか~ゴルフって本当にありがたいですよね~”

 ” 今、この会社の顧客拡大にも、ゴルフの存在は、大きいです。”

 ” そして、ホールインワンも生まれたんですものね~”

    平田弘幸氏のマンスリーでのホールインワン

  2009年(平成21年11月29日) 岐阜県可児市 日本ライン ゴルフ倶楽部
             西コース 7番ホール 158ヤード

   この日は、月一度のAクラスマンスリーの大会に参加。スコアーは、あまり良くなく、優勝のことは、気にもせず、ゴルフを楽しんでいたという感じの中、突然、ふって沸いたって感じの ハプニングに盛り上がったとの事であります。

 打った瞬間、ナイスショット!!気持ちのよい球スジで、ピンによった!!という感覚がしたという。同伴競技者の祝福で、瞬間的には喜んだ記憶はあったとの事であるが、” やってしまったか~~!” との気持ちが強く沸いてきたという。ホールインワンの当の本人よりも、やはり周りが騒いでいたので、コンペのことが気になってプレーどころではなかったようだ。
 ” 出来たら内緒にしたい ” という思いが募ってきて、” ホールインワンの事実を、隠すことが出来るかどうか・・・” とずーっと 、考えながらのプレーであったという。

 仕事柄、お客様の数が多いので、費用のことから、ご招待者のまとめなどを考えると ” ホールインワンの喜びは、どこやらえ~!”って感じで、どのようなその後のスコアーだったかも、あまり記憶に無いとのことでありましたが、友人に相談した所、マンスリーの公式競技なので、” それは、オープンにしないと・・・”ってなったそうです。

 2~3ヶ月前からボールがピン方向に絡むことが多くなってきていたので、10年以上中断していたホールインワン保険に加入することにし、40万にするか100万にするかで、相当迷ったが、40万の保険に決め加入した一ヵ月後に ” なんと!入ってしまった!!” ということでした。90名ほどの方に参加いただき、大勢の参加者に祝っていただき楽しい思い出となったとのことではありましたが、” 100万円にしておけば・・・” という思いが、しばらく頭から離れなかったそうです。

 平田氏は、大学に行くまでは、バレーボールをやっていたとの事で、その後ゴルフ部に入り腕を上げ、ゴルフ関係の大手メーカーに勤め、ハンディー6の腕前で、今も280ヤードの飛距離が出るという、私から見れば、誠に羨ましいお話しでありました。

  大都会の中であれば、なかなか人との繋がりも少ないのでしょうが、それでも、97、600人程の可児市人口の中でよくもこんなに繋がるものかと思えます。

  ご紹介者の葛谷さんは、ガソリンスタンドのお客さんとして、ホールインワンコンペに招待されたという繋がりでしたが、平田さんを訪問した際に、私の会社の営繕工事を御願いしている青山さんの工場の近くの感じでしたので、
 
   ” この辺に、青山工業さんってなかったですか? ”

   ” あ!青山さんは、ここから少し行ったところですよ!!うちの長年来のお客さんですよ!!” 

   ” え!そうですか!その青山稔範さんには、うちの会社の建築工事を色々やってもらっていますし、このブログの数少ないブログサポーターの一人ですよ!!”

   ” それに、後でわかったことですが、その青山稔範さんと、紹介者の葛谷さんとは、同級生だったんですよ!”

   ” なんと!、世の中って、狭いものですよね~~”

 平田さんとの出会いで、ガソリンスタンドのタンク問題について、知ることが出来ましたが、何事においても、第三者的に 聞いているだけであれば、サラーっと聞き流してしまう内容が多いと思いますが、この度の出会いで、私共のものづくりにおける空洞化に対する不安感と同様に、高騰する可能性のある原油価格、そして、電気自動車やハイブリッド車などのエコカーの増加によるガソリン消費の減少傾向などなどを考えていると、今後に対する展望は、厳しいものがあるように思えますが、行政との連携の中、新しい取り組みをも頭に入れてゴルフと共に対応していかれる情を感じ取ることが出来、私自身大変、励みになったと感謝している次第であります。 昨年10月に、仙台空港にレンタカーを返すべく、ガソリンスタンドが大震災後であった為近くになく、車で相当走って探したことを思い出しましたが、今の地域社会の中では、ガソリンスタンドの役割も大きいと思った次第であります。私的な感想ですが、人口数に応じた 地域の範囲内に最低でも一箇所とかのガソリンなどの供給所の必要性が行政指導も含めたなかで、今後法令化されてもおかしくは無い様に思えてきたのであります。

 いろんな方のホールインワンのお話からつながる異業種の方々の取り組みがとても勉強になりました。これもホールインワンのお陰かな~~と思った次第であります。

  次の出会いを楽しみに、仕事に、ゴルフにって感じであります。
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曾祖父と曾孫との不思議な繋がり  (第22話)

 
ちょっとホールインワンから離れたお話
私の孫と、妻の父親との本当に不思議なつながりのお話しです。


   ゴルフが好きな人は、ゴルフそのものが、数字との戦い的なもの故かも知れませんが、結構、数字そのものを、気にしては、ゲンをカツいだりするような感じが致します.. 皆様は、いかがでございましょうか?
 最近、数字のゴロ合わせ、すごくこだわり、気にすることが多くなってまいりました。

   ゴルフのスコアーがらみで申し上げれば、・・・・・

    過去一度だけありました。  9ホール
     
10番ホール ~ 18番ホール まで、全てであがりました。
         ツーバーディー  ツーボギーの スコアー36ということでした。

        4 4 4 4 4 4 4 4 4   プロであればめずらしくもないと思いますが・・・
        大変気持ちの良いスコアーカードになりました。
     全部5という数字で並べたスコアー45を経験してみたいと思っています。


   あまり嬉しくありませんでしたが、・・・・9ホール
      
    5  5  6  4  8  4  6  4  9  スコアー51
      こっ  殺  し  屋   よ ろ  し  く

   このスコアーは、たまたま、ホールアウトして気付いた事ですが、なかなか、思っていてもその数字の並びで、スコアーを故意に、まとめるって事も難しいものと思います。

   第14話の主人公吉田一正氏の話しのように 3からのよく見かける数字の中に、たまには、という数字もありますが、ホールインワンのときに書く  という数字の違和感は、実際の所、経験してみると、戸惑う感じがあると思っています。(第14話を、覗いてみてください。その時の心理状態が面白いです。)


   戯言ではございますが、、このゴロ合わせで、私の会社の車のナンバーは・・・

    気持ちよくゴルフがやりたいという思いから、
       8       であります。
       
晴れいい
  会社の車や個人の車を含めた中で、現在 七台が8011であります。
  ただ、この8011という数字は、最初から選んだ数字ではありませんでした。たまたま、車を入れ替えた時に、付いて来たナンバーであり、その時に初めてのホールインワン が生まれたという縁起のよいナンバーとして、勝手に、結び付けただけでありますが、それ以降、ゲンカツギ8011を指定ナンバーで登録してもらっているという次第でございます。

  馬鹿げた事ではありますが、良い事もあります。
 
    顧客訪問先の守衛所での車のナンバー書きの時、迷わず 8011と書ける。
    いろんな車に乗っていると、大きな駐車場では、車のナンバーがわからず、探しずらいが、8011を ・・・
 

     年齢的なボケ対策の一つにしています。

  このコーナーでなぜこの数字のことを無理やり的に、ご紹介させていただいたかと申しますと・・・・

    私たち家族に不思議な、数字の繋がりがある事に気付いたのです。
    特に、最後の方の曾祖父と曾孫との繋がりの内容は、ビックリです。

  先にありふれた事から・・・

  ゾロメ繋がり。 (親子の繋がり)
   妻         1月1日生まれ                  11
   長男と次男   2月22日生まれ、(生まれたのが双子)   222 *2
   次男の次女   1月11日生まれ                 111

  月は違うが同日生まれ。 (私の父と私の孫繋がり)
    私の父(故人)   7月22日生まれ          22
    長男と次男     2月22日生まれ           22 
    私の母(95歳)   9月19日生まれ          19
    三男         4月19日生まれ           19
           絡んでないのは、私だけ・・・・・・・・  

 
名前繋がり
   私の三男のお嫁さんの名前    美歩  その母親の名  真理子 
   私の兄の長男のお嫁さんの名   美穂  その母親の名  万里  

     ここまでは、有り得る事かなと思えますが、次のことは、

            本当に不思議な感じが致します。

   第18話の小五と中一姉妹とのマッチプレーのお話しのコーナーで経緯を ご紹介致しましたが、妻の父がこの時の12月7日に最初の危篤状態になり、妻と二人で、少しでも早く父と話す事ができるようにという思いの中、いつもより、スピードをあげて、車で長野まで出向きました。お陰さまで、この時は、妻の事はもちろんのこと、私のことも、お解りいただいた様子で 、大変ありがたい思いを致しました。 

   それ以来、四回ほど危篤状態に陥られ、その都度、妻は、長野まで出向きお見舞いを致しました。妻の父は、92歳ということで、年齢的にはなんら問題はないという状況でありました。時代背景もあって、父は、幼少時代から、農作業などで鍛えられた、丈夫な体の持ち主でありましたので、生きるということへの手本を見せてくださったと思える状況の中、この1月11日に他界されました。

  そして、12日御通夜、そして、13日告別式を済ませ、不思議と雪も降らず、比較的温かい日取りで父をお送りすることが出来ました。270年程続いている妻の実家には、470年程前から、この地域を 守っている大昌寺というお寺さんに家系図も残されているいうありがたいご住職様の説明がありました。そして、亡くなられる方は、その寸前まで、残された身内の人のことも考えて、送られる日を自分で選んでいると、判断したほうが仏様の為にもなるとのお話しも頂きました。

    大昌寺長野市戸隠栃原)は、その地では、歴史ある存在感のあるお寺であり、秋の紅葉の時期には、鬼女(きじょ)紅葉として有名な紅葉ゆかりの寺宝、絵巻画軸などもあるとの事であります。
 
  正に、私達の場合もこの事に、当てはまりました。現業ある私達、そして祖父から見た孫達も、それぞれの仕事に大きな影響を与えない日を選んでくださった。ましてや、1月14日は、東京から長野まで、大変な、大雪となりましたが、まず、この日になれば、私達も交通混乱にあい、大変な事になったと思っています。御仏の道から考えれば、誠にありがたいお導きと思えました。
                               
   少し、宗教的なことになりましたが、私自身 、特別な信仰心を持っていませんので、今後の事も頭に入れておかなければ、と思えてきたのであります。

    が、ここで、ビックリな繋がりを、感じたのであります。

     すでにお気付きの方もあるかもしれませんが、

       長野の父は、     1月11日 に他界致しました。 
 
       偶然にも、私の次男の次女ひかり(10歳)が、 1月11日 生まれでありました。

    俗に、親と子そして、その孫までが、深いつながりの限界とは言われます。昔の大家族ではなく、小家族のこの時代においては、特に、曾オジイサンとのつながりは、薄いものと思えます。ソレを、長野の父は、意識モウロウであろう中、一筋のをたどって、私の孫ひかりの誕生日を選んで、記憶に残し繋げていただいたのではと思っています。 長野の父のありがたい生命力が授かったと思えてなりません。

    ところが、これだけではなかったのです。

   私の父(故人)は、78才という比較的早くに、他界致しました。 5月12日であります。

   私の三男の長男(現8才)の誕生日が、5月12日 であったのです。

この時の子(真生)がこの日に生まれた時は、私達も息子達も、ビックリ!! 

  ” 久居の父の亡くなった同じ日に生まれるとはね~~まるで生まれ変わりみたい~~!”って感じで、話していました。

   この時は、生まれてくる方がこの 5月12日 を選んだわけであります。

  数字のこだわりから申せば、たまたま365日の内の一つの数字ではありますが、偶然の一言で済ませば味気ない冷めた話しで終わってしまいますが、お寺の御住職の話によれば ・・・ 

  ” たまたま、そのような話も聞くが、二人の曾オジイサンと繋がるって事は、あまりないね~~”

  ” 仏様の、御心が、そうさせたと思ったほうが、仏様の為にもよいこと。” とのことでありました。

  数字にこだわり、ソレを楽しむ私にとっては、この御住職のお話しは、かなりの追い風になりましたので、この度の、コーナーを無理やりゴルフのゴロ合わせつながりと結びつけ、ご紹介させていただいた次第であります。

  今の所、この私達家族の中で、数字的に絡んでないのが、私の生まれ12月17日という数字でありますが,今後どのように絡んでくるのか心配な面があります。
   とりあえず、私の孫達の誕生日に、ホールインワンを達成することを目指したいと思っています。



アベックホールインワンの達成時へのタイムスリップ(第21話)

 

    このコーナーは、編集しながらの内容を、進行状態そのままで、公開配信させていただきたく思っています。 写真添付しましたが、 写真の出来がよくないので、近日中に実写のものと交換致します。


 今回のコーナーは、『ホールインワン見聞きの旅』の本をご購読の方は、重複となりますが、本発刊満一周年を記念して、再度、皆様と一緒に,私達の同ゴルフ場同ホールでのアベックホールインワン達成時にタイムスリップしたいと思いますので、最後まで、お付き合いの程、よろしく御願い致します。

本 

平成24年1月20日発売の本
 

1  アベックホールインワンの達成     (本、7ページより)

  『パシ~ン』


  ” あれ~!玉が消えた!!” と裕一の一言。


  ” え~?あれ~?” と健二の声。


   心地よいジャストミートの音がした。



   妻;  ”・・・・・・・・”


私は、カートに乗って少し斜めから見ていた。


   妻;  ” え?! 本当に入った?”


息子達; ”入ったみたいだよ!。玉が消えたんだよ!!”


  妻;  ”・・・・・・”


  私;  ” 本当に入ったのか?”


  妻  ” 入ったみたい!!”


私は、前後のコースを回っているであろうプレーヤーに聞こえよとばかり、本人よりも喜び大声で


     ” ワーッ!ヤッター ”と叫んだ。


 私; ” それならもっと、喜ばないと・・・!!!”


 妻; ” ・・・・・うわ~~!!うれしい~~!!”


私は、子供達に  ” お前ら!もっと大きな声で叫べよ!!”と言うと、 
 

二人の息子たちはそれぞれに ” おめでとう!!”” すごいね~~!!” と声をかけた。


 私; ” 握手くらい! しろよ!!”


私は、妻と握手。そして長男、次男と妻は握手をしていた。


 私; ” アベックホールインワン達成だ!!”


急に喜びがあふれてきた。


妻はうれしそうに笑っていたが、未だ放心状態なのか、ふらふらと歩いてカートの方に戻ってきた。


 これがアベックホールインワンの時の四人の様子であった。

 平成22年9月25日、夜のスポーツニュースを見ていた所、石川遼プロが、生涯二度目のホールインワンを達成したと知り、私は、冗談交じりに、 ” 遼君がホールインワンを出したって!!そろそろ多賀子もホールインワンをやってみろよ!!”


  ” 自分では二度ホールインワンを達成したけど、未だ、目の前で他人のホールインワンを見たことがないんだよ!!”


  ” 一度くらい経験させてよ!明日くらい見たいものだよ!!” といいながら、ボールは乗せなかったが、幸運を呼ぶピカトロフィーを磨いた。多賀子; ”そんな事あり得る訳ないでしょ!”・・・以上本から抜粋。・・・ 【ピカトロフィーのことは、当社ホームページを参照くださいませ】

 以上が、妻吉田多賀子の夫婦同ゴルフ場同ホールでのアベックホールインワンの達成の一部始終であります。
深い絆で繋がれた家族四人でのラウンドで生まれた稀有なホールインワンとなったのであります。



 平成22年9月26日 富士OGMエクセレントクラブ御嵩花トピアコース 8番ホール 125ヤード

     私、吉田勝のホールインワン

 平成13年7月8日 富士OGMエクセレントクラブ  御嵩花トピアコース 8番ホール 145ヤード 

この時の私のホールインワン記念植樹の所に、吉田勝、吉田多賀子のネームプレートを二階建てにして頂き、コース正面の奥で、アベックホールインワンの記念として、このコースの私達の守護神として、今も、枯れずに、頑張っています


  記念樹1

             
  会社の経営状態も樹木に現れ、リーマンショックの時は、会社も樹もどうなることかと思える程、枝もなくなり枯れかけたが、自分たちで来る度に、樹木用の肥料をペットボトルにいれ、枯れないで!枯れないで!と、気休めではあったが、世話をした。お陰で、妻のホールインワンの頃には、樹も会社も元気が出て来て、今は、二階建て看板に守られ、会社同様、見た目は、少し頼りない感じがしますが、写真のごとく安泰のようにも見えて参りました。たまに、ゴルフ仲間が、二階建て看板を、木の枝に、放り上げて、イタズラをする常連もいますが、ソレもよい意味で捉え、” 突然突風 が吹いて、竜巻にやられた!!,”って感じで、笑いのネタにさせてもらっています。

私共のこの家族の絆から生まれた、アベックホールインワンは、今も大切な思い出の一シーンでありますが、驚いたことに、私達のアベックホールインワン達成の二年程前に、もう一組の家族の絆から生まれたアベックホールインワンが、この同ホールに生まれていたことを知ったのであります。

 三宅郊見氏・・平成11年8月13日、そして奥様の御世様・・平成20年4月13日であります。

同ゴルフ場同ホールのホールインワンも誠に珍しいことではありますが同ホールに二組もアベックホールインワンが生ま れたと言うのは、まず、珍しいことかなと思って、日本プロゴルフ協会の山内様に伺ったところ、とても、” 珍しく、また、お めでたいコースだと思います。” との誠に、ご親切なありがたいコメント及びアドバイスを頂きました。そして、この二組のアベックホー ルインワンを記念して三宅様ご夫婦と私共夫婦と専属プロを交えて、平成23年6月5日記念ラウンドを致しました。同ゴ ルフ場同ホールでのホールインワン達成者四人で記念ラウンドしたのであります。

 そして、このラウンドを機に、絆からホールインワンは、生まれると思えるようになり、また、ホールインワン達成時には、必ず何か、愉快な、心温まるそれぞれのストーリーが、あると思って、この記念ラウンドを中心に、私の、仕事上や、暮らしの中における繋がりから、知りえた、ストーリーを本にまとめ、私達のアベックホールインワンの記念にしたいと思って,『ホールインワン見聞きの旅』の本を自費出版した次第であります。この本の中に、28名のホールインワン達成者のそれぞれの愉快な心温まるストーリーをまとめることが出来ました。 


 『ホールインワン見聞きの旅』写真

   平成13年7月8日吉田勝のホールインワン  平成22年9月26日吉田多賀子のホールインワン
  
 
           『ホールインワン見聞きの旅』の本の42ページを打ち込んでゆきます。

 
この妻のホールインワン証明書にまつわる面白い会話を提供してくださったのが、私共ゴルフ仲間でもあり、当社担当税理士でもある、岩田一隆氏だ。妻と岩田氏とは、たまたま同年齢でもあり、ゴルフを始めたのも同じ頃であり、スコアーを互いに気にしあう、いわゆるゴルフレベルアップのライバル同でもあった。ホールインワン達成直後のことである。

 私は妻に止められていた証明書の披露を、この時とばかりに出して、自分のことのように説明した。妻は、あまり他人に、得意げに自慢話をするのはキライな性分であったので、私の行動には、少し距離をおいていた。

 私は、ホールインワンの時のことを説明しながら、証明書を見せた。
この時のやり取りが後々まで、妻のホールインワンの時の笑える一コマとして大切なシーンとなった。
岩田氏は証明書を見ながら、一通りの祝いの言葉を述べられた後、笑いながら、
  岩田氏;  
” う~ん、 私は、本心から信用できないですね~~” 
 
 私;     ” ?・・・・:な、なんでですか?”
  岩田氏   ” だって、ここに書いてある同伴者の名前は、全て吉田であり、家族じゃないですか!!”
  私;     ” え~!?そっ!そんな!!私が証人ですよ!!”
  岩田氏;  ”キャディーはいたんですか??” と真顔で、
 私は、ショットの後、ティーグランドから一歩も動かず、また、妻多賀子をショットのフィニッシュの静止状態で待たせ、そして、ゴルフ場のスタッフに確認してもらったと笑いを交え説明した。
  岩田氏;   ” ゴルフ場スタッフのどなたがみえたんですか???”
  私;      ” たまたま近くを巡回していだいていた田原さんという方が確認してくれたんですよ!!” と、岩田氏の次の面白い言葉を期待しながら、笑って言った。ユーモアを提供かつ、解釈できる愛すべき性格の岩田氏の一言は、私の予想どうりの言葉となったのであります。
  私;      ” それがね~その田原さんって人はね~(当社の事務職の
由香ちゃんの方を指差して・・・)
               あっあの人のお父さんだったんですわ~~~はっはっはっ~~”
  岩田氏;    ” そりゃ~~ますますシンヨーならんわ~~!!でっち上げだわ~~!!”

この時は、本当に全員で心の底から、笑った。後々、他の人にホールインワンに繋がる心温まる愉快なストーリーとして、良くこの話しを、笑いを頂く話しのひとつとして大切にしている。
  岩田氏;    ”誰が見ても、同伴者が家族で、ホールインワン確認が身内同然の由香ちゃんのお父さんだったら信用できんな~~~” と二、三度言われても、皮肉には聞こえない雰囲気の中での笑いであったと思う。 




  この度の『ホールインワン見聞きの旅』の本からの抜粋として、最後に
、もう一組のアベックホールインワンのご夫婦と記念ラウンドをした時に、同行していただいた専属プロから頂いたコメントと私達のアベックホールインワン達成時にラウンドした息子たちのコメントが結構心に響いた内容であったので、これよりご紹介させていただきます。
     
  秋江プロからのコメント
同一ホールで二組のご夫婦がホールインワンされることは、宝くじに当選するほど珍しいと思います。他のゴルフ場に行ってもホールインワンの植樹の樹にご夫婦で名前の書いてある二階建ての看板が、二つもあるのを、見たことがないです。面識のないご夫婦がホールインワンをきっかけに知り合い、仲良くなって、その時の事をなどを話しながら、ラウンドをしていく。これもゴルフの一つの醍醐味ですね。今回二組の貴重な体験をされたことを知る事が出来て、良かったと思っています。
また、ショートホールでは、常に、ホールインワンを狙って貰いたいと思います。
  
これからも、楽しいゴルフ人生を!!
 
  著者長男 吉田裕一のコメント (昭和47年2月22日生まれ)  
 お母さんが打った時 、僕はティーグランドからカートの方に向かって歩いていました。だからボールの軌道を目撃したのは、ボールがグリーンに乗ってからです。
 白いボールがグリーンをコロコロと転がり入った瞬間は、今でも脳裏に焼きついています。そして、大声を出すことなく小さな声で、 ” おとうさん!!ボールが消えた・・・・” と、そんな感じだったと思います。
 家族で楽しくプレーした時に、ホールインワンに立ち会えた事。そして、父と母が同ホールでのアベックホールインワンを達成したことは、すごくうれしい思いがしました。
 ” 次は、僕もやってみたい ” と思っています。
 
  著者次男 吉田健二のコメント  (昭和47年2月22日)
 母のホールインワン。正直信じられませんでした。
打った瞬間、” バチ~ン!!” とものすごくいい音がし、球筋も真直ぐで、自分が見ていても、気持ちのよいショットでした。
ボールは吸い込まれるようにカップイン。2~3秒後に、” カコ~ン” と聞いたことのない音が響いたのを覚えています。
  僕、” 入ったね~~・・・”
  兄、” ああ!入った!!”
非常に冷静だった僕と兄。  母も、” ヤッタ~~うれしい~~”といって小さくガッツポーズ
喜びを ” 大爆発 ” させた人は、父でした。
興奮しながら、【フロントに連絡】、【承認の手続き】、【後ろの人の誘導】、全て父がやって、待っている間に、”  もっと喜べ!!” と、まるで母が怒られているようでした。
  承認後、カップインしたボールを見て、やっと、実感が湧いてきて、ここで、初めて、” おめでとう!!” といったような気がします。今思えば、もっと派手にハイタッチや、抱き合って喜ぶなど、すれば良かったかなと思っています。
 とにかく、ホールインワンと言うのは凄い!!・・。それを家族でプレイしている時に達成するのが凄い!!
しかも、父と同じホールでアベックホールインワンと言うのが、もっと!凄い!!
 僕もこのホールならホールインワンが出そうな気がしてきました。
  ” よう~し!狙うぞ~~!親子&アベックホールインワンを!!!”  

      数少ない貴重な経験を、ありがとうございました。


 以上が、私たちアベックホールインワンの達成時の愉快な心温まるお話しであります。たびたび、思うことでありますが、今回の達成時点でのちょっとした、動作や話し言葉によって、ホールインワンが、生まれていない流れになっていた可能性があると思っています。
  あの時のホールに行くまでの間に、あの流れを狂わせるような、親子喧嘩や、夫婦喧嘩をしなくて本当に良かったと思えるのであります。でも、逆に、夫婦喧嘩をしたことで、ホールインワン達成にと、繋がることもあるかもしれません、思えば、きりのない流れであると思っています。
  
この時ばかりは、親子喧嘩も、夫婦喧嘩もせずに” 俗に言う深い家族の絆で繋がれた 
”  絆から生まれたホールインワン  
 だったと思っています。                              

                 写真添付以外は 


近日中に、二階建て看板の写真を添付いたします。
アベックホールインワン時の詳細内容や、28名の愉快な心温まるストーリーは『ホールインワン見聞きの旅』をご購読の上、それぞれのホールインワンにタイムスリップしてくださいませ。

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