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第7話の主人公を訪ねて陸奥のたび   【第12話】

    第7話の主人公岩浪氏のご一家を訪ねる為に、妻と寒河江市の当社取引先の会社訪問を兼ね、10月17日から奥陸の旅に出かけることになりました。中部国際空港から仙台に向かいましたが、宮城県や、山形県は、初めての旅なので、 眼下に見える、仙台の景色は、震災前との比較は出来ないものの、テレビ報道による悲惨な光景からすれば、一年半経過の復興の様子は、都市機能の面においては、かなり進んでいるように思えました。ただ、緑豊な海岸線や、震災前には見られたであろう色とりどりの屋根のある家並の、絆深き人々の暮らしぶりは見えず土色の空き地が広がる景色は、悲しさを誘う身の引き締まる思いをさせるものでありました。滑走路を進む車輪の音を耳にしながら、震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、被災者の方々の 今後の精神面や物質面における、一日も早い復興をお祈りした次第であります。
 
このコーナーのお話を進める前に、このブログの第7話を読んで頂き、この度の旅に至るいきさつを踏まえて、ここの12話に戻ってきて下さいませ。・(読みやすくするため、第7話を一時、順序を入れ替えこのコーナーの次に移動させていただきます。一定期間後、公開順に戻します。)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

         第7話の中で、お話しした43年ぶりのドライバーは、山形で岩浪氏と、サラリーマン時代の先輩の高田氏と合流して、ゴルフを楽しみ、その時に、一緒にティショットして見ましょうということになりました。そして、そのドライバーのメンテについて、ゴルフショップに相談したところ、ヘッドとシャフトのジョイント部分にヒビが入っているので、危ないし、ほどけてしまった皮のグリップは、修理できる人も今は、少ないとの事で、”大切にしまっておいたほうが良いよ!とのことになり、岩浪氏にもそのことを伝えました。それだけ時代物だったということになりました。
    そのドライバーが出てきた経緯を、岩浪氏が、投稿してくださったので、ご紹介させていただきます。
   私は、昭和44年に退職してから、母の家に身を寄せていましたが、ようやく60年に家を建て、母の元を離れました。その後、平成2年に引越し、8年に現在の自宅に引越し致しまして、計3回も引越ししているのに、ゴルフクラブが紛失していないのは、とても不思議ですね。それは、ゴルフクラブを母の家に、そのまま置いていたからです。引越しするたびに持っていったら多分なくなっていたでしょうね。吉田さんに言われたので、今はもう無人の母の家に探しに行きました。私もびっくり。ありましたヨ・・・・・。寂しそうにポツンと立っていました。今は、本当の主人の手に握られて、もう、寂しくないですね!。
吉田さん、プレゼントありがとう。私にとっても、大きな思い出です。


   初婚で72歳にして双子の子供さんに恵まれたという稀有な人生のドラマの主人公の岩浪氏との、再会を、今回の一番の楽しみにしていますが、とりわけ、私の43年ぶりの再会のドライバーから、端を発した、岩浪氏のゴルフ熱再点火!!のお話しから呟かせていただきましょう。
   私のゴルフクラブの話を持ち出し、それがたまたま、43年ぶりに出てきたことから端を発し、20年もラウンドも、練習もしていないという状態の中で、『ホールインワン見聞きの旅』の内容の影響もあって、私たちが、東北方面を旅行するに際して、もう一度ゴルフをしてみたいとの話になりました。岩浪氏にクラブをプレゼントしたのであるから、長野時代に、一緒にラウンドしたのかとは、思いましたが、記憶が無く、力量も分からないままでありました。
   その準備段階で、いろいろやり取りする中で、大変笑えることがありました。
  この時代の変遷の20年というのは、想像もつかないくらいの変化でありますが、ましてや、ゴルフ道具の技術革新においては・・・って感じだと思います。
   ある日、岩浪氏から、連絡が入り・・・
      ”吉田さん、!!私の以前使っていたクラブが、バックごと、母の家から、でてきましたよ!!”

      ”ええ!!よく出てきましたね!!”

      ”20年は、全然さわっても無いですよ!!”

      ”それじゃー!その道具で、まず練習しといてくださいね!!”

      ”10月17日までには、何回か行きますよ!でもね、靴が無いんですよ!”との事でした。 
  数日後に、
      ”吉田さん!、靴が、バックの中から出てきました!”と・・・・。

      ”ええ?未だ大丈夫使えるんですか?”

      ”ハイ!見た限り大丈夫な感じです!”との事でした。
   また、数日後に、
      ”いや~~、靴を足に馴らす為に、毎日、農作業に使っていたら、靴底がパカ~~ンって口をあけてしまいましたよ!!”

     ”ハハ~~ン、やっぱりね!古い靴は、良くあるよね~~、私も旅行先で、後ろを歩いている人に、靴底を踏まれたら、二つに分解してしまい、大変なことになりましたよ!。

     ”でも、ゴルフ場でなくて、良かったですよ!”

   そして、練習に出かけますといって連絡が来ましたが、
     ”近くの練習場に、今日、出かけたけど、恥ずかしくて、もう、早々に帰ってきました”

     ”どうしたのですか?”

     ”自分のクラブと他の人の使っているクラブを比較してみたら、もう・・・”

     ”どうしたんですか???”
     ”私のクラブは、先日、吉田さんに、送り返したのと同じウッド製のクラブで、もう、恥かしくて、出せませんでしたよ!”

     ”ああ~岩浪さんの持ち物も、私の43年前のと同じ位の時代物だったんですねー”

     ”それは、ゴルフ道具も時代の技術力によって、どんどん、変わって、無理も無いですよね~”

     ”浦島太郎ゴルフ版ってことかね~” と、二人で、大笑いしました。結果、岩浪氏は、インターネットのオークションで、今風の道具を、一式購入し、本番までに、計4回練習に出かけたとの事でありました。
   10月17日の夜から天候が荒れ始め、翌日のラウンドは無理かもと思えるほどの突風と雨となってしまいましたが、山形県鶴岡市湯の浜カントリーに着きカートに乗る頃には、不思議なことに雨風共にあがり昨夜の嵐が、うそのように、 晴れ間も出始めたのです。
     ”岩浪さ~ん!ボール持ってこなきゃ!”

     ”あっ!そうだ!”といって、3個入りのケースを一つ持ってきたので、

     ”え!!それだけでは、足りないよ! 1ダースは、持っていかなと!”との話になりました。

   そして、”今日!ホールインワンが誰かに出ればこんな面白い話は無いね~”といって楽しくラウンドしましたが、特記すべきことは、生まれませんでした。ただ、みんなで驚いたことにスコア的には、岩浪氏は、ハーフでエージシュートの感じの数字になりましたが、なんと予想したOBの数は、深い谷越えの一発だけで、逆にスタート時点より、ボールが一つ増えたということに驚き、大笑いした次第であります。

   この度の 陸奥の旅のもう一つの目的は、岩浪氏のご家族に会って、”がんばれのエールを送ることでありました。いずれにしても、ご本人が72歳で、41歳という年の差婚を乗り越え、初婚で男児の双子さん【現在一歳10ヶ月】を、授かったということは、誠に珍しくおめでたいことと思いますので、そのことを、ご本人だけでなく、奥様にもお伝えして、立派に育て上げていただきたいとの私たちの気持ちをお伝えしたのでありますが、この陸奥四日間の旅で、生きる事の目的の原点は何か?という事に対する一番大切な手本を、私は、目の当たりにしたのであります。
 
  19日は、朝から、岩浪氏と高田氏の四人で、鶴岡を出発し仙台へ向かい、高田氏の奥様と合流し、仙台名物の牛タンステーキを、はじめていただきました。その夜は、高田氏の奥様とも一緒に松島に泊まり、鶴岡でのゴルフの話しや、野球の話しに花が咲き、大変賑やかな楽しい思い出を作ることが出来ました。

  なぜ?野球の話になったか?と申しますと、高田氏の奥様は、野球の阪神ファンや、野球人からすれば、神様とも思える、あの人のご令嬢(三女)とのことでありました。あの人と申しますのは、若林忠志元監督であります。子供ながら、阪神ファンでは無かったものの、元阪神の七色の魔球を操る名ピッチャーであり、監督として名をはせた方であると私自身、記憶にあったのであります。そして、18日のゴルフの話しや、野球の話しから、そんな境遇の中で育った奥様と、高田氏と結ばれたいきさつなども伺い大変盛り上がりました。

   岩浪氏は、鶴岡で建築工務店を経営して今なお、仕事面においても現役で頑張っておられますが、朝起きた時からのスケジュールは、毎朝 約2時間ほど、いろんなストレッチ体操をするとの事でした。四日目の20日の朝は、一緒の部屋で寝起きしたので、気がついたのですが、足腰の屈伸運動は、もちろんのこと、首の強化体操などを、繰り返ししていました。 一応、その理由を尋ねましたところ・・・ 
     ”これから先、子供たちを、育てていく為には、健康と体力が一番!!”との事でした。”ドライバーの飛距離を後10ヤード伸ばしたい、”70才を越え、80になってもゴルフが出来る様に・・・ではないのです。

     ”とにかく、子供たちを、立派に育てなければ・・・”ということを考えて体力気力を鍛えておられたのです。これは、人が人としてなすべき基本的な精神と思えるのであります。今は、この文明のコンピューターの時代の中で皆が見失ってしまった、そして、忘れてしまった生きる為の基本的な意義を目の前で教えられたのであります。

  私が、“岩浪さん!子供さんが二十歳の時は、90歳だから、そのことを考えて健康第一で・・・” と話したことが恥ずかしい感じのご本人の健康管理でありました。見た目の頭髪は別として、顔の色艶、体の骨格、そして、声といい,年齢を感じさせない生命力あふれた若々しさは、紛れも無く、ご子息の成長を二十歳を超えても見守っていける方だと、思わずにおられませんでした。孫は、我が子の時よりもかわいいとは良く言われますが、その日、その日の生活に追われ、育児しているときの感覚と、一歩引いた形で、子供を見るという事から、感じる違いなのかもしれません。私たち年代からすれば、明らかに孫としての血のつながりから見る、愛情表現となるのでありますが、岩浪氏から受けた印象は、孫と自分の子供に対する愛情以上のもの感じたのであります。私たちが名古屋に向かう為、仙台空港で次の再会を約束して別れましたが、岩浪氏は、仙台で奥様と、孫ではなく子供さんへのお土産を買いに行くといわれ、高田ご夫妻ともお別れしたそうで、岩浪氏に対して、より一層のエールを送りたい気持ちになりました
   岩浪氏ご本人のご了解を得たので、岩浪家でのカラオケの前に撮影したご一家との記念撮影の写真を、ご紹介させていただきますが、このブログをアクセスいただいた方々も、是非、純粋な愛のもと生まれたこのすばらしいご一家に対しまて、”頑張れコール”を頂き、陰ながら応援していただきたく思っています。 
 
    何か、皆様の心に響き、そして、心に残る事がございますれば、この陸奥の旅の意義も大きくなると思っています。 

カラオケ
  岩浪家と記念撮影
              松島
                             松島伍大堂を背景にして高田ご夫妻と・・・・

                                  次は、アルバトロスの予定です。
 
  
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43年ぶりのドライバーとの対面と人生に於けるホールインワン (第7話)

             
    今年の七月に、私のサラリーマン時代のOB会が長野で、開催されるとのことで、私の在勤年代(昭和40年~48年)の先輩同僚達と出席の確認をしていた時のサプライズから、先にお話させていただきます。
   その方は、私の二年先輩で、設計担当をされ、営業であった私の仕事も、よく担当していただいた大変思い出深い山形県鶴岡市の岩浪幸治氏でありますが、OB会出席は無理との話の中で、その理由を伺い、大変驚き、感動したのであります。
  その内容と申しますのは、なんと、二年前に男の双児さんが、生まれたとのことでした。“現在一才七ヶ月とのことで、育児が大変なので、無理”とのことでした。最初は、あまり公表するのも・・・という感じでしたが、やはりこれは、大変なサプライズなので、皆で応援して、励ましあってゆくべきこととして、私が何とか説得し、OB会参加に踏み切っていただきました。
   普通で申せば、当たり前のことでありますが、詳細申し上げると、・・・・・
岩浪氏は、現在72歳であります。奥様を、どのようにゲットされたかは、定かではありませんが、31歳のタイの超美人とのことでした。私も、未だ、お目にかかっては、いないのですが、写真を、拝見させていただいたところ、超美人の奥様で、本当にかわいらしい男の双児さんが、コロコロところがっていて、大変感動いたしました。芸能人では、年の差婚とは、よく言われますが、普通の庶民で初婚、そして、双児の子供さんが出来たということは、誠に珍しく、おめでたいことであリ、正に、“人生に於ける、すばらしいホールインワン”ではないかと思えるのであります。
  そのような状況の中で,OB会の席上、皆さんにご紹介し。”みんなで、応援してます”という意味で、盛大な拍手をしたことが、今でも、心に残っています。岩浪氏は、このような生活環境の中にいるせいとは思いますが、大変若々しく見え、ご子息が20歳を超えても、ちゃんと、サポート出来そうな感じを受けた次第であります。このブログを読まれた方々も、陰ながら、岩浪氏を応援していただきたく思うのであります.。 そして、ゴルフつながりのお話でありますが、、岩浪氏は昭和44年に私より4年早く、 退職 され、山形で建築業を営む経営者として今も活躍されていますが、その退職される時の記念に、私の第一号のドライバーをプレゼントしたことを、かすかな記憶を辿って、思いだしたのであります。この私のドライバーというのは、私の『ホールインワン見聞きの旅』の本の中にも書きましたが、学生時代に、アルバイトキャディをして稼いだお金で、1800円で購入、そして、不良品だったので200円追加して、交換して手に入れたという思い出の一本であります。(詳細は、『ホールインワン見聞きの旅』の昭和39年のアルバイトキャディを参照ください)。
   同じく『見聞きの旅』の登場人物の大井氏によると、古いクラブには、価値のあるものもあるから、”残しておいたほうがいいよ”とのことでしたので、その時、学生時代に使っていたクラブのことを、思い出し、自宅を探しましたが、全て犬山の自宅を取り壊したときに、処分してしまっていて、残念な思いをしたことを思い出したのです。
   ところが、このたびのOB会のことから、再び、岩浪氏との交流が始まり、『ホールインワン見聞きの旅』の本のことを話す内に、このドライバーのことを思い出し、話した所、岩浪氏も良く覚えていただいていて、なんと、”多分、未だ家にあるはず!!”とのことでありました。
 そして、9月4日のことです。岩浪氏から”吉田さん、ドライバーがみつかりました!!!” 
との電話が来たのです。この思いがけない言葉に、大変驚き、恋人にでも会えるような思いがしてきましたので、”是非、宅急便で送っていただけませんか?”と御願いしたのです。
   その翌日、荷物が着いて、荷物をあけるときの気持ちは、誠に、表現のしようの無い気持ちなりました。どのような顔?で、どのようなグリップだったかな?と、いろいろ思いながら、そして、独身時代に、ドライバーを一本持って、練習場に通ったときのことを思い出しながら荷物をあけました。  もう、メーカー名も忘れていましたが、SHIMADAと書いてありました。写真のように、ヘッドの大きさは、いまの三分の二程の大きさで、木製のいわゆるパーシモン、そして、ビス止め、シャフトは、スチール製のタケノコ形状、でありました。なんといっても、思い出せるのは、グリップ、皮製であります。さすがに、ほどけてはいますが、あの頃のことが思い出せるグリップでありました。 
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43年前のドライバーのヘッドの小さいこと・・・      皮製のグリップ

     “岩浪サン!よくぞ、今まで、捨てずに残しておいていただいた!”との感謝の気持ちが、こみ上げてきました。43年ぶりの再会でありますが、製品としては、半世紀程前の物で、商品としての価値は、まず無いと思われますが、私の青春時代の夢がいっぱい詰まった、お金では買えない貴重な思い出のドライバーとなりました。
     そして、グリップを少し手入れして、岩浪氏の山形で、仙台の先輩の高田氏そして、私の妻を交え一緒にゴルフをということになりました。ただ、岩浪氏は、もう、20年はゴルフをしていないとのことでしたが、ドライバーの話から、もう一度、ゴルフをしてみたくなったとのことで、物置から、ゴルフ道具を探し出し、練習を再開したとのことでありました。そして、来年にでも、長野時代のゴルフ好きが集まり、賑やかにゴルフが出来るようにしたいとの事でありました。このようなお話の中で、当社と取引を頂いている山形の会社の、表敬訪問をかね、10月半ばに、とりあえず、私共夫婦で、仙台、山形へ出向くことになりました。そして、手入れしたドライバーを岩浪氏とためし打ちしてみたいと、そして、岩浪氏のご家族との初対面を、今から楽しみにしたいと思っているのであります。そのときのお話は、予定どうり、ラウンドできたら、つぶやかせていただきたいと思っています。   
                        次は、茶店のお姉様のホールインワンのお話の予定です。

誕生日に生れたホールインワン   【第11話】

             私の友人のリクウェストで、アルバトロスの紹介をしてほしいとのことがあって、思いついたのが、 『ホールインワン見聞きの旅』 の登場人物《佐藤順一氏》のご子息のことでした。それで、納品を兼ねて9月20日に訪問し資料作成をお願いしました。 そして、10月1日に再訪しましたところ、少し様子がいつもでは無い感じがいたしました。
      当社の取引先の社長佐藤順一氏の奥様のお話は・・・・・
 
   ”実は、税務調査が今日から始まって・・・・・それどころじゃないんです ”

    ”ええ!?じゃ~まずい時に、お邪魔してしまいましたね~ ”

   ”来週になれば、息子の資料もまとめるように、伝えます。”との事でした。

   そして、10月8日にお伺いし、奥様にお話ししたところ・・・・  
 

   ”まだね~先週の税務調査の影響で、出来てないみたい・・・・・・・”


   ”でもね!主人に、また、ホールインワンがでちゃったの!!!”
 

     ええ?!!!ご主人に、また出たんですか???


   ”はい!!!しかも、誕生日に!!!!”  と二度、びっくり。

   ”それがね!税務調査が終った翌翌日の10月5日の誕生日にね! ”


    ”それは、また、びっくりですね!”


    ”社長は、よほど、税務調査が終わってほっとされ、すっきりされたんでしょうね!!!”

   昨年、『ホールインワン見聞きの旅』の本の編集の為の資料をお願いに伺った時、

    ”社長にプレゼントしたホールインワン記念トロフィーは,どこに飾ってありますか?”と伺ったところ

   ”あっ!何処に置いたかな~”との話になりましたが、ちょうど、お話しをしていた食堂のテレビ台の横においてあり、
   
    ”社長!磨いてないじゃないですか!”

   ”そう言えば、磨いてないな~、だから次が来ないのか?”との会話を思い出しました。

   佐藤社長がホールインワンを達成されていたのを知り、そのお祝いにと10年ほど前に、私がプレゼントした当社製ピカトロフィ-は、磨かれていなかったので、アルミの光沢は無く、白くくすんで見えました。

    ”社長!次が来るように、ちゃんと磨いてあげてくださいよー”

   ”そうだねーしっかり磨いてあげないといかんね~~”と言われ、手元に置かれました。それから、時々、会社を訪問して、社長の机を見ると、少しずつ、光沢を取り戻したピカトロフィーが置いてあることを思い出だしたので、奥様に、

       ”社長は、ゴルフに行く前は、よく磨いていました? 磨いてもらったので、ホールインワンが出たんですかね~~”

  ”さ~~社長に聞いてみてください、多分、12日は、何処も行かないから、出かけてみてください”との事になりました
         【この社長の一回目のホールインワン の事は、『ホールインワン見聞きの旅』の157ページを参照くださいませ】 

     そして、10月12日佐藤順一氏のご自宅を尋ね、詳しく誕生日に生まれたホールインワンのお話しを伺うことが出来ました。

    佐藤順一氏の二回目のホールインワン

     2012年(平成24年) 10月5日 67歳の誕生日
     愛知県犬山市 犬山カンツリー倶楽部 17番ホール 170ヤード

  この日は、冒頭にも説明のように、税務調査が二日前に終わったばかりで、とりあえず、すっきりした気持ちで出かけたという
いつも、ボールは、ネーム入りを10ダース注文しそれを使っているが、17番ホールの所でちょうど全て使い切り、新しいボールに交換して心機一転という感じでティグランドに立ったという。また、いつもは、お酒を飲んでプレーをすることが多いが、この日は、焼酎を二杯飲んでいい心もちになり、昔の調子の良かった頃のスウィング で ”素直に振れた!”との事でした。
  5番ウッドで打ち出したボールは、グリーンに向かってまっすぐ、きれいな弧を描いて飛び出し、グリーンが傾斜していたので、スライスラインで、十数メーター転がって行ったという。
    ちょうど一週間前についてもらったキャディが、・・・

             ”グリーン奥のほうに転がって行ったので、グリーンからこぼれたよ!!”とのこと・・・、

 ご本人は、結構感触が良かったので少しがっかりしたという。ところが、パートナーの一人が、

             ”順ちゃん!!!入ったよ!!!”との事で、

   とっさに  ”ウソやン!!” という言葉が出るくらいびっくりしたという。

 初めてのホールインワンのときは、自分でもしっかり確認でき、うれしさのあまりキャディに抱きつき 、なぜかポケットに入っていた一万円札をその場で渡したというシーンとは かなり違うねと二人で、大笑いしました。
   それに、今回は、そのホールインワンしたボールは自分でとらず、”入ったよ!!”と言ったパートナーが拾って渡してくれたとの事でしたが、ホールアウト後のホールインワンの手続きの時に、6人位のキャディが集まってきて、賑やかに祝福してくれたとの事で、大変ご本人も満足って感じでした。男にとって、男同士の祝福は、当然としても、女性からの祝福は、特にうれしいものですよねと、二人で、その時の様子を想像して、楽しく談笑できました。
   そして、記念トロフィのピカトロフィーの事を聞いてみました。

       ”去年、磨いてないのを言われたので、自分の机に置くようにして、光沢がでるように、磨きましたよ!!”

       ”すると、ピカトロフィーの効果が出たんでしょうかね~~”

       ”そうかもしれないね~~”

         ”いきさつは話せませんが、石川遼プロにも飾っていただいていて、偶然にも、昨年11月にホールインワン、が出 たという不思議なトロフィーだから、大切にしてくださいね!”

        ”私たち夫婦を除いて、社長が三人目ですよ!!手元にピカトロフィーが あって、 たまたま、ホールインワンが出たのは!!。

      ” また、ネームプレートに印字をしてもってきますよ!!”との話になりました。


   このホールインワンの後、ゴルフがますます、面白くなり、もっとうまくなりたくなったというが、ゴルフのスウィングもそれ以降ぐっと良くなり、10月10日同じゴルフ場の同じホールで、同じ転がりで、カップインしかけたとの事でありました。
   『ホールインワン見聞きの旅』でもご紹介しましたが、佐藤氏は、60歳のときに、脳内出血で倒れ、毎年100回を越えるラウンドをしていましたが、その病に勝ち、再びゴルフが出来るようにと、毎日リハビリに励み、少し左に障害は残ったものの、昨年は、80回くらい、そして、今年も70ラウンドくらいは出来そうだとのことで、そのバイタリティに驚かされました。
                ゴルフのお陰で、病が克服できたのではないかと思えました。

           今回のホールインワンもその頑張りに対するご褒美かなと思えるのであり
iます。

  ホールインワンのその日は、誕生日であった為、同居のご子息のお嫁さんが、この日のために、ご馳走を作って 準備をされていたということでしたが、ご本人は、町内の誕生祝の会のほうに出席してホールインワンのお祝いも賑やかにしていただき、大変満足な一日でしたとのことでした。私には、大変お嫁さんに、悪いことをしたということで、”申し訳ないという気持ちがしていて、あわせる顔が無いって感じ”と言われましたので、”じゃ~~私のブログで、素直に謝っておきましょう”となりました。

     佐藤家の皆さん!!ホールインワンの祝いありがとうございます。   (筆者の代弁)

     来年の誕生日に、ホールインワンを目指します!!、実現できた時は、今度は、みんなで祝ってください!”

           ということで、素敵なホールインワンのストーリーとなりました。
   
                            次は、山形への旅の予定です。      

朱鷺の台CCホールインワン記念コンペ     【第10話】

                   第4話の主人公水野勝彦氏のホールインワン記念コンペが10月7日に、朱鷺の台CCで開かれるとのお話しで、妻と息子の3人で、参加させていただくことになりました。"パコ~ン、ガシャ、入ったんじゃない?”の直接カップインのホールインワンの話しがその関係者の皆さんから直接伺えるとのことにて、大変楽しみにしていました。
                                                       
                               "水野さん!記念コンペご招待ありがとうございます!”という感じになりました。

       前日の6日に、朱鷺の台CCの 直営のホテルに予約していたので、仕事を終え、夕方出発いたしましたが、残念ながら、夜のドライブとなったので、紅葉のはしりも見えず、残念な思いを 致しました。
  そして,7日の朝、ゴルフ場の途中にある、千里浜海岸へ行くことにしました。何年か前に、会社の慰安旅行で経 験したことのある砂浜をもう一度歩き、そして、車で運転してみたいと思っていたので、少し早くホテルを出て、向 かいました。少し雨が降っていて、これは、ゴルフが心配かなとは、思いながら、まず、車から降りて、歩いてみま したが、ゴルフ場のバンカーのような、ズルズル感はまるで無く、少し弾力性のある感 じのアスファルトのような地面だという思いを、再び味わうことが出来ました。そして、観光バスで走ったんだから大丈夫だとは思いながら、自分で車の運転をし、昔からの念願の千里浜の運転を経験することが出来ました。そのときに、観光客の方々の、乗馬ツアーの一行を見かけましたが、日本海の水平線を背に、馬の蹄鉄の跡が、砂に食い込んでいた光景は、結構様になっているな~と感心した次第であります。その写真を、参考にしてくださいませ。  
1.jpg2.jpg    

            千里浜海岸から朱鷺の台CCまでは、10分くらいで着きましたが、雨も小降りになり、天気も良くなりそうな感じでした。
一時は、私の二度目のホールインワン記念コンペの時の、雨の思い出が、頭の中をよぎりました。
       と申しますのは、平成18年10月に5組で開催していただきましたが、台風の余波で、朝の挨拶の紹介の時から 、カッパを 着ないとトテモいられないという位のひどい雨になり、 中止かと思えるほどのひどさで、身も心も   どっしずくという感じでした。 ところが、スタートホールの2打目くらいから晴れ始め、その後は、青空が出るという ゴルフ日和になりましたが、その時の面白いお話しを・・・。
     丁度、一番ホールの2打目を終えた時に、私たちの後ろのフェアウェイを鹿が4頭よぎって走っていきました。参加者全員が見たということでした。
            ”これは、縁起がいいね~~”と、
            "花札のように、三役の猪、鹿、蝶とそろえばいいよね~~”とそれぞれに話しました。
        次のホールに向かうときに、草むらから、雨があがったこともあってか、黄色い蝶チョが飛び出しました。
            "キタキタ!、チョウチョがでたよ!”   ”じゃ~~あとはイノシシか”と笑いました。
        すると、先ほど鹿が走っていったほうの杉林の中へ、茶色い犬が、”ワン!ワン!ワン!!”と走っていきました。
            “出た出た!!イノ、シカ、チョーが!!!”
            “残念!!犬?、シカ、チョー”だね~~~”との笑い話を思い出しました。
    朱鷺の台の記念コンペに戻りますと・・・。
   スタート前に、トイレに行き、ふと目の前を見ましたところ、《プレーの心構え》が貼ってありました。これは、初心にかえっていいかなと思い読んでゆきましたところ、次の写真のように、項目目までは、”なるほど、いいことが書いてあるな~~”と感心いたしました。
      まず、読んで下さいませ。 《一部、フラッシュで読めませんが・・・》


 3.jpg

          
            なんと、6項目目からは、 ”ゴルフの話しではない!!!”という事に 気づきました。

      プレーヤーの心構えをしっかり遵守して、スタートのティグランドに向かいました。水野勝彦氏の ご挨拶の中で ここのゴルフ場が青木、尾崎、中嶋選手の活躍の場である名門コースとの説明を受け、そのコースを回れるという楽しさがこみ上げてきました。 朝の天候からは想像も出来ないような好天に恵まれ、スコアーのことは、別として、すばらしく整備されたフェアウェイや グリーンを幅広くあちこち運動をかね楽しませていただきました。
    そして、むかえた眉丈大コース12番ホール。一緒にラウンドさせていただいていた水野氏に。。。

          ”水野さん! ここで、カポ~ン、ガシャ!と入ったんですか?”との言葉が出るくらい難しい感じがしました。

 左側に池があり、少し打ち下ろしで、実際の距離より、かなり遠くに感じる 難度の高い ショートホール と思えました。
前の組を回っていた、ラウンド経験が少ないのに進境著しい安川さんが、ピン右上3~4メーターに見事ワンオン。(結果、特別賞付の二アピン賞を獲得)
       そして、私たちのパーティのティアップとなりましたが、11番ホールでチップインバーディをとったオナーの水野氏は、それを目の前にして力んだか、左へOBとなり、さすがの本日の主人も・・・・・となりました。

           記念コンペの結果は、 

            ”ご愛嬌!本当に難度の高いホールでのホールインワン!おめでとうございます!!” という感じでした。

   そして、スタート前に説明のありました 【グリーンの中にバンカーのあるという名物ホール】 17番 ホール・・・ 。
   次の写真の様にグリーン左に確かにバンカーが 見えました。 

    ”左に見えるのがグリーンの中のバンカー!左に打つとバンカー越えの難しい設定になりますよ!”

           ”せっかくはるばる来たのだから経験してみたいね~~”
                           
グリーンバンカー 
 
           ”そうは、言っても、優勝を狙うのには、絶対!右めですよね!!” 

                           といって、私が打ち出した一打は・・・ 
P1010510.jpg      
         
              なんと!なんと!!上の写真のように飛距離はぴったり、 経験してみたいといったせいなのか

                       左端の狭い3~4メーター位のグリーンにワンオンしてしまいました。  

              打つ前に話していたバンカー越えとなってしまったのです。

                         ”せっかく!乗ったのにね~~~” っ て感じ・・・・。

              そして、とりあえず、パーは取れるようにと思い、

     左回りより、右回りを選択・・・。”プロであれば、グリーンの上でもサンドウェッジで寄せれるんだろうけどな~~” 

      ”プロでもない下手なわたしは、廻り道だよね~~ ” といって打ったボールは、グリーンの中のバンカー周りのラフに引っかかり 
  
               次の写真の様に   ”とほほほほ~~~”


2打目ポイント


               寄せたかった所とは、ほど遠い・・・。 ”う~~~ん” って感じになりました。


             そして、気を取り直してグリーン内のラフから、寄せるつもりの三打目は・・・・・

                 次の写真のように、カップを通り越して、

               あれれれれ~~!グリーンのオーバーのラフへ・・・

                                再び、  ”とほほほほ~~~”
P1010513.jpg

    
                 またまた”あ~あ~、せっかくワンオンしたのにね~~” となりました。

                        そして、結果は、ダブルボギーのとなりましたが、

          そのダブルボギーのお陰で、隠しホールにはまり 私が、記念コンペで優勝させていただきました。        

                 水野さん!本当に面白い経験を、”ありがとうございました”

          ホールインワン記念コンペは、いろんな意味でも、大変面白いことと思えました。

          ”水野さん!!また、面白いホールインワンを、期待していますよ!!!”

              次は、”誕生日に入ったホールインワン”の予定です。  

   【追記】  記念コンペの後、 FC2ブログを、いろいろクリックしていましたところ、私たちと同じ日に,朱鷺の台CCでホールインワンコンペを開催したとのブログ紹介がありました。この方のホールインワン達成日もひょっとして?、8月17日?であれば 、またまた、偶然のつながりではないかなと思えました。そのときクリックしたブログの名前がわからないので、そのまま・・・・・って感じになりました。



            《PRコーナー》  ブログに登場の方たちの中には、『ホールインワン見聞きの旅』の本の中にも、登場する方が何名かおられますが、次のご紹介の《誕生日に入ったホールインワン》の主人公も、本の中で、大変面白いストーリーの御紹介となっています。『ホールインワン見聞きの旅』もご一読くださいませ。

    

クレセントバレーの絆      (第9話)

       平成24年の新年の挨拶回りをしていたところ、『ホールインワン見聞きの旅』の登場人物でもある当社のお客様の肥後社長様とのお話の中で、奥様に、”ホールインワンがでた!!!”とのことでした。


           ”じゃー、社長のところも、アベックホールインワンが出来たんですね!!”

           ”どこの?ゴルフ場ですか?”

           ”今年、新年早々に、私と同じクレセントバレーです!”

             ”ええ!、私たちと同様、同ゴルフ場同ホールですか?”との会話になりました。

    肥後社長 ”いや~、同じホールでは、ないのですが、同じゴルフ場です!”

                  ”それは新年早々から、本当におめでとうございます。”と新年のご挨拶は、そっちのけで、ホールインワンの話にしばらく花が咲きました。ご夫婦でのホールインワンは、異なるゴルフ場で、それぞれ、ホールインワンをされているという話しは、よくありますが、私共の同ゴルフ場、同ホールでのホールインワンでは、ないものの、同ゴルフ場でのアベックホールインワンのお話しは、今回が初めてでしたので、肥後御夫妻にブログの話しをしたところ、早速、資料をまとめていただき、ご紹介することが出来ました。
                   肥後妙子さんのホールインワン
        2012年(平成24年)1月4日  
        岐阜県美濃加茂市 クレセントバレーCC 5番ホール 103ヤード
  新年早々の初打ちゴルフで、気持ちよくショットが出来、感触は、最高であったという。 打ち出したボールは、ピンに向かってまっすぐ飛んでゆき、30センチほど手前に落ち、コロコロ転がって、カップインしたという。打ち出したときから、方向性が良く、入るかもしれないと思いながら、ボールの行方を見守っていたという状況の中であったので、入った瞬間は、“唖然としてしまった”とのことでありました。そして、同伴者の方から”ホールインワンだよ!!!”との祝福を受け、そこではじめて、”ああ!本当に入ったんだ”との気持ちがジワリと、湧いてきたという。ご主人の肥後孝氏のホールインワンの時は、ご自身では見えず、前の組の人が、”カラ~ンという音がしたよ!!”と大きな声で教えてくれたのでホールインワンだと分かったというのとは、対称的なシーンであったと思いました。(ご主人のホールインワンは、『ホールインワン見聞きの旅』の167ページを参照ください。)
    肥後妙子さんの喜びの表現そのままの言葉は・・・


           ”本当に、びっくりです!”


           “下手な私でも、ホールインワンは、出来るのですね!”とのことですが、ご一緒にラウンドしたことが無いので、その技量に関しては、分かりませんが、十に一つでも、いや、百に一つでも、いやもっとかもしれないですが、うまく打てて、それが幸運に恵まれれば、入ることがあると言うことが、また、ゴルフの面白さでもあり、だいご味でもあるのかなと思えるのであります。同伴者3名の祝福の言葉だけでなく、茶店で休憩中の大勢の方から、うれしい祝福の嵐を受け、またまた、唖然としてまったという、本当にうれしい幸せなひと時だったとのことでありました。
   そして、ホールインワン直後のこと・・・たまたま茶店におられた他の組のキャデイさんが、”私!見てました!!”といって走ってこられ、大変感動したとのことでありました。が、そのキャディさんの次の言葉・・・
       "えっ! 入ったのに?入ってないんですか???"
   過去、今まで、ず~っと、ホールインワン保険は継続契約していたのに、今回に限って、契約更新していなかったとのことで、そのキャディさんと、かなり落胆したとのことでありました。一方、ご主人のときはと申せば、まるで、正反対。保険金を50万円から100万円にあげて、すぐに入ったというこの上なきタイミングのホールインワンのお話しで、肥後御夫妻の素敵な、そして、面白いストーリーに対して、祝福と感謝の気持ちが、一杯になりました。
     ご主人肥後孝氏    2006年(平成18年) 10月22日  17番ホール  170ヤード
     奥様 肥後妙子さん  2012年(平成24年)  1月 4日    5番ホール  103ヤード


    共に、クレセントバレーCC のことであり、奥様の言葉 "ホールインワンを夫婦で達成できたことは、すばらしいことだと思って感謝しています。" のように、本当に絆から生まれたすばらしいホールインワンだと、私自身、思うのであります。 
 
              次は、 ”朱鷺の台CC ホールインワン記念コンペ” の予定です。
 

茶店のお姉さまのホールインワン       (第8話)



     今年の2月、私の『ホールインワン見聞きの旅』を発売直後の日曜日のことです。
富士OGMエクセレントクラブ御嵩花トピアコースの茶店のお姉さまに、本のPRをしたところ、快く2冊買っていただき、そして出た言葉 “私ね!!ホールインワンでたの!!!”とのことでした。いろんな方のホールインワンのお話しを、まとめた私の本は、すでに発刊し、発売までしていたので、”あと半年早く出していてくれれば、一人増えたのにね~
 との会話になりました。  それで、この度のブログでのご紹介を、お話ししたところ、 9月12日に   資料をまとめてきていただき、詳しく状況を お伺いすることが出来ましたので、ご本人の了解の上、ご紹介させていただく事になりました。
         葛谷 久子さんの 待望のホールインワン
  2012年(平成24年)1月9日
  岐阜県美濃加茂市 明智ゴルフ倶楽部 賑斎寺ゴルフ場 11番ホール 128ヤード
この日は、新年早々のクラブ競技であった為、特に、ショートホールは、パーをとることだけを考えて、スウィングしたというが、ティグランドからは、本人には、ボールの行方は見えなかった為、感触は良かったものの、状況は良く分からなかったとのこと。
  ところが、同伴者から、“入ったよ!!!”と云われたので、半信半疑の気持ちでグリーンに行き、カップの中の自分のボールが確認できたので、そこで、”バンザ~~イ”を叫んで、喜びを爆発させたとのことでありました。一生に一度は、味わってみたいと思っていたので、本当に運が良かったと思い、大変満足な気持ちになれたという。
   今まで三十数名の方の、ホールインワンのお話を伺っていて、感想を言葉にするにおいて、突然のハプニングに酔い知れて喜こびを感じますが、運が良かった!!という言葉で 真っ先に喜びを表現され、運のよさということから生まれたハプニングを心から感謝しているという葛谷さんの表現は、私にとって、心に残る内容となりました。
 私自身、二回だけのホールインワンの経験ではありますが、そのときの情景を頭に浮かべ、カップインした時のショットの前に、もし、ボールに、虫が止まって、その流れが変わり、手で虫を払ったりしていたら・・・ホールインワンは無かっただろう”と言う位の微妙な流れだと感じるのであります。それだけに、運の良し悪しは、あると思っています。それゆえ、ホールインワン達成時のかなり前からの、(このブログの第2話でも触れましたが、)【風が吹けば、桶屋が儲かる・・・】的なことに繋がっていくのかなと、いつも思うのであります。
  葛谷さんの話によると、10年ほど前のグリーンヒル瑞浪ゴルフ倶楽部100ヤードほどの打ち下ろしのショートホールでのこと。カップに直接カッポーンと入ったものの飛び出し、20~30センチに落ちバーディとなった時の悔しさは忘れられなかったという。これも本当に紙一重の差で、第4話の水野氏の場合は、飛び出ずにカップインとなり、天国と地獄そのものになってしまったお話を思いださせる一幕であり、葛谷さんと悔しさを共に実感したのであります。それに、葛谷さんは、北海道で女性の友人とゴルフをした時、そして、ご自分の息子さんのホールインワンの時の二回も他人のホールインワンにたちあったとのことであり、余計に、自分も早く、達成したいと思う気持ちが大きかったという。
   葛谷さんは、ゴルフをする前は、テニスで活躍され、岐阜県代表で全国レディースのダブルス大会に三度出場、ベストエイトまで行ったという。何かのスポーツに打ち込んでいて、体力 が鍛えられた方は、女性の人でも、ゴルフにも通じる物があると、この葛谷さんの例でも、いえる事かなと思えるのであります。
   ホールインワン記念コンペは、4月に7組28名参加で開催されたとのことでしたが、この参加者の中に、ホールインワン達成者が、なんと七人もいるとのことで、葛谷さんと、人数を数え、驚いたことでした。わざわざ達成者を集めたわけでもないのに、たまたまということでしたが、こうしてみると、ホールインワンは、結構たくさん出ているんだというのが実感でした。
   そして競技方法は、ダブルペリア方式ではあるが、その隠しホールは、ゴルフ場任せではなく、先にホールアウトした人の抽選で決め、賞品は、ホールインワン保険を有効に使い、豪華なゴルフグッズが主で、主催者が決めた賞品ではなく、決められた選択順に、自分の好きな賞品を選んでいくという楽しい表彰式が出来たとのことでした。
   そして、ご本人の言葉 二人の支配人と友人に囲まれ、幸せなホールインワンコンペが出来ました。”という幸せ感溢れた資料としてまとめることが出来ました。

     次は、【クレセントバレーの絆】の予定です。





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